渡辺龍聖

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渡辺 龍聖
Mr. Ryusei Watanabe, director of the Nagoya Higher Commercial School.jpg
誕生 (1865-10-17) 1865年10月17日慶応元年8月28日
越後国古志郡吉水村(現・新潟県長岡市
別名 乾甫(
死没 (1944-07-02) 1944年7月2日(78歳没)
職業 教育者倫理学者
国籍 日本の旗 日本
教育 哲学博士コーネル大学・1892年)
文学博士(日本・1922年)
最終学歴 コーネル大学
代表作 『普通実践倫理』(1900-1901年)、『批評的倫理学』(1921年)、『乾甫式辞集』(1929・1935年)
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渡辺龍聖
渡辺龍聖の銅像(名古屋大学内)

渡辺 龍聖(わたなべ りょうせい[1]1865年10月17日慶応元年8月28日[2] - 1944年昭和19年)7月2日)は明治時代から昭和初期にかけての日本教育者倫理学者文学博士乾甫

来歴[編集]

越後国古志郡吉水村(現・新潟県長岡市)生まれ[2]

東京専門学校(現早稲田大学)を卒業、帝国大学文科大学(現東京大学文学部)で学び、アメリカのコーネル大学で哲学博士号取得。

1898年6月高等師範学校附属音楽学校主事。1899年8月に東京音楽学校校長(現東京芸術大学)に就任。校長時代には瀧廉太郎を支えた。

1911年小樽高等商業学校初代校長(現小樽商科大学)に就任。

やがて、名古屋高等商業学校(現名古屋大学経済学部)の創立委員長を務めたのち、1920年11月初代校長に就任した。

著作[編集]

著書
訳書

親族[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 小樽商科大学 広報誌 ヘルメス・クーリエ No.26
  2. ^ a b 『小樽高商の人々』(北海道大学図書刊行会、2002年)
  3. ^ 人事興信所編『人事興信録』第14版 下、1943年、ワ54頁。

関連文献[編集]

  • 渡辺竜聖履歴書」(小樽商科大学所蔵)
  • 阿部洋 「清末直隷省の教育改革と渡辺龍聖」(『国立教育研究所紀要』第115集、1988年3月、NAID 110000448043
    • 「清末直隷省の学堂教育と日本人教習」(阿部洋著 『中国近代学校史研究 : 清末における近代学校制度の成立過程』 福村出版、1993年2月、ISBN 4571100973)
  • 倉田稔小樽高等商業学校と渡辺龍聖」(『商学討究』第44巻第4号、小樽商科大学、1994年3月、NAID 110006555689
    • 「実業教育の理念と実践 : 初代・渡辺龍聖」(小樽高商史研究会編 『小樽高商の人々』 北海道大学図書刊行会、2002年3月、ISBN 4832933418)
    • 小樽高商初代校長 渡辺龍聖続伝」(『商学討究』第54巻第1号、2003年7月、NAID 110000232076
    • 倉田稔著 『諸君を紳士として遇す : 小樽高等商業学校と渡辺龍聖』 小樽商科大学出版会、2010年4月、ISBN 9784877383770
  • 中村治人 「実業専門学校経営論に関する史的考察ノート : 渡邊龍聖『乾甫式辞集』に見られる商業専門教育論」(『名古屋大学史紀要』第5号、名古屋大学史編集室、1997年3月、NAID 110000471511
    • 「渡辺龍聖『乾甫式辞集』に見られる実業専門学校経営論」(篠田弘、加藤詔士編著 『地方教育史論考』 大学教育出版、2000年3月、ISBN 4887303807)


公職
先代:
(新設)
日本の旗 小樽高等商業学校長
1911年 - 1921年
次代:
伴房次郎