源為憲

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源為憲
時代 平安時代中期
生誕 不明
死没 寛弘8年(1011年)8月
別名 字:源澄
官位 正五位下美濃守
主君 花山天皇
氏族 光孝源氏
父母 父:源忠幹
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源 為憲(みなもと の ためのり)は、平安時代中期の貴族・文人。光孝源氏筑前守・源忠幹の子。字は源澄。官位正五位下美濃守

経歴[編集]

文章生から内記蔵人式部丞や、三河権守伊賀守・美濃守・遠江守などの地方官を歴任した。

『北山抄』『吏途指南(りとしなん)』に遠江守在任時の功過定のことがみえる。源順に師事し、文章・漢詩和歌に秀で、『本朝文粋』に受領申文を載せ、『本朝麗藻』『類聚句題抄』などに漢詩作品を、『拾遺和歌集』(1首)に和歌作品を残している。そのほか『口遊(くちずさみ)』『世俗諺文』などの教養書も撰している。また仏教にも造詣が深く、『三宝絵詞』『空也誄(くうやるい)』などを撰している。