源行有

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
源行有
時代 平安時代前期
生誕 斉衡元年(854年
死没 仁和3年6月20日887年7月14日
官位 従四位上大宰大弐
主君 清和天皇陽成天皇光孝天皇
氏族 文徳源氏
父母 父:文徳天皇、母:布勢氏娘
兄弟 惟喬親王能有惟条親王惟彦親王晏子内親王慧子内親王清和天皇
行有儀子内親王恬子内親王
述子内親王珍子内親王掲子内親王、濃子内親王、勝子内親王、礼子内親王、元有、戴有、淵子、毎有、時有、定有、富子、富有、馮子、謙子、奥子、列子、済子、修子
清雅
テンプレートを表示

源 行有(みなもと の ゆきあり)は、平安時代前期の貴族文徳天皇皇子官位従四位上大宰大弐

経歴[編集]

貞観3年(861年源姓を賜与され臣籍降下する。貞観17年(875年无位から従四位上直叙され、美作守に任ぜられる。陽成朝では、元慶4年(880年左京大夫、元慶6年(882年治部卿と京官を務めると共に、周防権守・美作守・武蔵権守と地方官を兼ねた。

光孝朝に入ると、仁和元年(885年大宰大弐として地方官に転任する。大宰大弐在職中に母のに服して数ヵ月間離職している。仁和3年(887年)6月20日卒去。享年34。最終官位は従四位上行大宰大弐。

官歴[編集]

日本三代実録』による。

系譜[編集]

尊卑分脈』による。

  • 父:文徳天皇
  • 母:布勢氏
  • 妻:不詳
    • 男子:源清雅

参考文献[編集]