漢陽府

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漢陽府(かんようふ)は、中国にかつて存在した元代から民国初年にかけて、現在の湖北省武漢市一帯に設置された。

概要[編集]

1277年至元14年)、元により漢陽軍が漢陽府に昇格した。漢陽府は湖広等処行中書省に属し、漢陽漢川の2県を管轄した[1]

1376年洪武9年)、により漢陽府は漢陽州に降格し、武昌府に属した。1380年(洪武13年)、漢陽州は漢陽府にもどされた。漢陽府は湖広省に属し、漢陽・漢川の2県を管轄した[2]

のとき、漢陽府は湖北省に属し、漢陽・漢川・孝感黄陂の4県と沔陽州夏口庁の合わせて1州1庁4県を管轄した[3]

1913年中華民国により漢陽府は廃止された。

脚注[編集]

  1. ^ 元史』地理志六
  2. ^ 明史』地理志五
  3. ^ 清史稿』地理志十四