瀬戸慎吾

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せと しんご
瀬戸 慎吾
生年月日 (1970-08-29) 1970年8月29日(48歳)
出生地 日本の旗 日本石川県金沢市
職業 映画監督脚本家映画プロデューサー

瀬戸 慎吾(せと しんご、1970年8月29日 - )は、日本映画監督映画プロデューサー脚本家である。

経歴[編集]

石川県金沢市出身。日本シナリオ作家協会シナリオ講座 第30期研修科夜間部修了。映画美学校フィクション・コース第2期高等科修了。映画部活動チームハコブネ代表。土肥劇場 主催。

寿司店を営む両親の元で育つ。13歳のころ、祖父より8mmフィルムカメラを譲り受けたことがきっかけで、映画を撮り始める。20歳のころ、バイクによる全国行脚を敢行中、訪ねた映画監督に誘われ、映画の撮影現場に助監督として参加。翌年、郷里の友人達と中編映画「幸せが続く様に」を撮影。1992年、文芸坐2にてモーニングショー公開。金沢東映2にてGW特別公開。こおりやまインディペンデント映画祭グランプリ、神奈川芸術祭映像コンクール 入選、日活映像学園祭 金賞ほかを受賞。

拠点を東京に移し、映像制作を続ける傍ら、小劇場の劇団に所属。役者として、全国公演を含む7本の舞台公演に出演。それが縁で舞台大道具として働くようになり、ミュージカルやバレエ、オペラ、コンサートなど様々なステージの裏方を経験。小劇場では舞台監督も行っていた。

1998年以降、再び映画スタッフとなり、主に演出部(助監督)として、海外作品を含む、60本を越える作品に携わる。

自主制作時代から、全ての監督作品で、オリジナル脚本を執筆している。

2015年静岡県伊豆市土肥の廃小学校にツリーハウスを自らの手で建築。そのツリーハウスを舞台に、初長編となる映画「軽やかに地平を狙え!」を製作・監督[1]2016年土肥の古民家を利用して、お座敷映画館「土肥劇場(といげきじょう)」をプロデュース。8月限定で開館し、映画上映、演劇祭、カレーフェスなどイベントを開催する[2]

子供達と映画を作る全国の様々なイベントで講師を務めている[3]

主宰する映画部活動 チームハコブネでは、映画制作、俳優やスタッフ志望者の若手育成を行っている。

監督作品[編集]

短編[編集]

  • 「人造人間ガンマ」(1983年)※8mm/3分
  • 「無題」(1985年)※8mm/3分
  • 「平成二年の俺たち」(1988年)※8mm/3分
  • 「2APPLES」(1993年)※SD/30分
  • 「遊星ボイド」(2011年)※HD/4分✕3話
  • 「金沢暮色」(2011年)※HD/10分✕5話 平成22年度「石川新情報書府ビジネス公募事業」石川県金沢市観光ドラマ  
  • 「蟹」(2014年)*「京都映画企画市-Kyoto Film Pitching」プレゼンテーション映像

中編[編集]

  • 「幸せが続く様に」(1992年)※16mm/55分 こおりやまインディペンデント映画祭グランプリ、神奈川芸術祭映像コンクール 入選、日活映像学園祭 金賞、文芸坐2モーニングショー公開
  • 「地球の家」(1995年)※SD/60分 神奈川芸術祭映像コンクール 入選

長編[編集]

  • 「軽やかに地平を狙え!」(2015年)※123分 グレート・ウエスタン・キャッツキルズ国際映画祭(アメリカ合衆国ニューヨーク州アンデス)最優秀長編作品賞、伊豆映画祭 in 土肥劇場 毎夏特別上映

プロデュース作品[編集]

  • 「軽やかに地平を狙え!」(2015年)※123分

出演[編集]

  • 「幸せが続く様に」(1992年)※ヨロイ姿の男役
  • ザザンボ」(1992年)※間男役
  • CM スカパー! WEB(1993年)※主演
  • 日本の青空」(2007年)※都留重人役
  • 少女たちの羅針盤」(2009年)※運営委員役
  • 「ザ・テノール 真実の物語」(2014年)※スタジオ技師役

脚本[編集]

  • 「銀色の夏」(1999年)※大伴昌司賞 ノミネート賞

連載[編集]

  • Movie Meet Up (百花壇 vol1,2)[4]

脚注[編集]

  1. ^ 全編エチュードで構築した奇跡の123分「軽やかに地平を狙え!」、オフィシャル
  2. ^ 古民家利用し、お座敷映画館、伊豆新聞(2015-08-19)
  3. ^ 2日間でつくる映画製作体験 スクールシネマ・ワークショップ Lesson.9、同朋大学
  4. ^ Movie Meet Up vol.02、百花壇(2013-9)