熊本丸刈り訴訟

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熊本丸刈り訴訟(くまもとまるがりそしょう)とは、町立中学校の男子生徒と親権者である両親が「男子は丸刈りにすること、長髪禁止」という内容の校則が基本的人権の侵害であり憲法違反だとして、中学校に対して校則の無効、町に対して損害賠償を求めた訴訟。

事件の概要[編集]

1981年4月に熊本県玉東部にある玉東町立玉東中学校に入学した男子生徒が、同年4月9日に校長によって制定・公布された、「男子生徒の髪は一センチメートル以下、長髪禁止[1]」という校則を拒否した髪型で登校していた。それを理由にした教師からの体罰や直接指導は存在しなかったが、全校集会で校長から批判をされ、また同級生からの嫌がらせを受けるようになった。

裁判の焦点[編集]

原告となった男子生徒とその両親は、中学校に対し校則の無効とそれに関連する諸手続き、校則違反を理由とした不利益な処分をしないこと、玉東町に対し慰謝料として10万円の損害賠償を求めて1983年に熊本地方裁判所に提訴した。

なお、以下が原告の主張である。

  • 本件校則は女子には丸刈りにすることを求めておらず、これは性別によって差別してはならないと定めている憲法第14条に反している。
  • 原告の通学区の中学校は丸刈りを強制するが、離れた中学校には丸刈りを強制しない中学校もあり、これは居住地によって差別してはならないと定めている同憲法14条に反している。
  • 本件校則は頭髪という身体の一部の切除を法律による適切な手続き無しに求めているので、これは法律の定める手続によらずにその生命もしくは自由を奪われることがないと保障している憲法第31条に反している。
  • 本件校則は個人の感性、美的感覚あるいは思想の表現である髪形の自由を侵害している。髪型を含むファッションとは人がそれをまとって公共の場に現れることで何かしらのメッセージ性を帯び、他者にそれを伝える、思想表現の手段となりうるため、これは表現の自由を保障している憲法第21条に反している。
  • 学校長に認められている裁量権は学校の外的状況を整える目的にのみ使用されるべきであると教育法で定められているが、髪型の指定はその目的に関係がないため、本件校則を定めることは学校長の裁量権を逸脱し、違法であるため本件校則は無効である。

熊本地裁の判決[編集]

熊本地方裁判所は学校側の主張を認め、原告の中学校に対する請求を棄却、町に対する請求を却下した。以下が判旨である。

  • 髪型に関して男女は異なる慣習があることは社会通念上認められており、丸刈りは男子にのみその習慣があることは公知の事実であるため、憲法第14条違反には当たらない。
  • 校則は各学校において独自に判断して定められるべきものであるから、それによる差別は合理的なものであるため、憲法第14条には反しない。
  • 丸刈り校則に反していることを理由に強制的に頭髪を切除する規定はなく、またその予定もないことから憲法違反の主張は前提を欠くものである。
  • 原告の髪型は思想の表現とは言えず、好みの問題であるため憲法第21条で保障されている表現の自由にはあたらないため、これは憲法第21条違反には当たらない。
  • 教育は人格の完成を目指すためのものであるため、教育に関連しかつその内容が著しく不当なものでなければ生徒の服装等に関する校則を定めることは裁量権の逸脱とは言えない。

しかし、本件の校則が憲法14条・31条・21条違反には当たらないとしたうえで、丸刈り校則の合理性に関しては疑いの余地があるとした。

判決の影響[編集]

この判決により、教育関係者の中では丸刈り校則は合憲かつ合法という理解が広まった。この理解は、1996年2月22日の小野中学校丸刈り校則訴訟で最高裁判所が原告の丸刈り校則無効の訴えを退けつつも、丸刈り校則は生徒の守るべき一般的な心得を示すにとどまり、個々の生徒に対する具体的な権利義務を形成するなどの法的効果を生ずるものではない[2]、と丸刈り校則の法的拘束力を否定してもなお全国の自治体で浸透し続けた。実際に本件訴訟の後、1996年に伊仙中学校で、2002年に米野岳中学校で丸刈り校則を拒否した生徒が不利益を受けた事件が起きた[3]

判決への批判[編集]

本件訴訟の判決はやや粗雑な論理展開で生徒の人権主張を否定した学校よりの判決であると多くの論者から批判を受けた[4]

法学者からは主に幸福追求権を保障する憲法第13条への言及がないことを理由に批判が集中した。日本弁護士連合会では、丸刈り校則に関して勧告を出す方針だったが、一部強い反対意見があったので見送られた。

また、校則に関する校長の裁量権について、文部科学省は「教育目的のために社会通念に照らして合理的とみられる範囲内」[5]としているのに対し、本件訴訟や大方商業高校バイク謹慎事件校則訴訟では「社会通念と照らし合わせて著しく不合理でない範囲内」とより広く認め、校長の裁量権を強調したことも、生徒の人権の不当な制限を許すものだとして多くの法学者から批判された。さらに、近年は校則の中には人権にかかわるものも多く含まれるためその根拠を法律に置かなければならないという主張が主流である。

脚注[編集]

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  1. ^ 熊本地方裁判所判決 昭和60年11月13日 、昭和58(行ウ)3等、『校則一部無効確認等請求,服装規定無効確認等請求事件』。
  2. ^ 最高裁判所第一小法廷判決 平成8年2月22日 、平成7(行ツ)50、『学校規則違法確認等請求、同参加、公法上の義務不存在確認等追加的併合申立』。
  3. ^ 大島佳代子 2000, 第三章 校則制定権の根拠.
  4. ^ 竹内重年 1986.
  5. ^ 文部省教務研究会(編) 1991.

参考文献[編集]

  • “丸刈り訴訟 どう答える教育現場”. 朝日新聞: 夕刊. (1985年11月13日) 
  • “丸刈り判決の視点 今日の問題”. 朝日新聞: 夕刊. (1985年11月14日) 
  • 市川須美子「長髪禁止規定と子どもの人権」『季刊教育法』第62号、エイデル研究所、1986年、 134-141頁、 ISSN 09131094
  • 大島佳代子「わが国における校則訴訟と子どもの人権」『帝塚山法学』第4号、帝塚山大学法学会、2000年、 71-102頁、2019年5月7日閲覧。
  • 坂本秀夫『校則裁判』三一書房、1993年7月。ISBN 4-380-93239-7。
  • 竹内重年「丸刈り裁判の問題点」『季刊教育法』第62号、エイデル研究所、1986年、 132-135頁、 ISSN 09131094NAID 40000591986
  • 原田伸一朗「Tシャツのメッセージと表現の自由」『静岡大学情報学研究』第22号、静岡大学情報学部、2016年、 1-16頁、 doi:10.14945/00010085
  • 『詳解生徒指導必携』文部省教務研究会(編)、ぎょうせい、1991年10月1日。ISBN 4-324-02730-7。