片倉景光

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

片倉 景光(かたくら かげみつ、安政6年5月13日1859年6月13日) - 明治44年(1911年9月3日)は、旧仙台藩家老・白石片倉家第14代当主。キリスト教徒日本基督一致教会の信徒)[1]。父は13代景範。妻は赤城信一の長女・タケ(竹子)。娘婿は青葉神社宮司である健吉

略歴[編集]

安政6年(1859年)5月13日、陸奥国刈田郡白石城にて生まれる。明治3年(1870年)5月、胆振国幌別郡に移住する。明治13年(1880年)10月7日、片倉家の家督を相続する。同年10月27日、会津藩洋医師赤城信一の長女で、聖公会の信徒であるタケ(竹子)と結婚する。明治19年(1886年)、押川方義から洗礼を受け、日本基督一致教会の信徒となる[1]。明治31年(1898年)7月20日、旧家臣らの嘆願もあり、開拓の功績が認められたことから、華族に列せられ男爵を授けられる[2]。明治44年(1911年)、幌別村より宮城県白石町に帰郷する。同年9月3日、死去。

脚注[編集]

  1. ^ a b 福島恒雄『北海道キリスト教史』日本基督教団出版局、1982年、221頁。
  2. ^ 『官報』第4517号、明治31年7月21日。

参考文献[編集]

  • 日本聖公会歴史編集委員会編『あかしびとたち―日本聖公会人物史』日本聖公会出版事業部、1974年
  • 福島恒雄『北海道キリスト教史』日本基督教団出版局、1982年

関連項目[編集]


日本の爵位
先代:
叙爵
男爵
(白石)片倉家初代
1898年 - 1910年
次代:
片倉健吉