牛裂き

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牛裂きの刑

牛裂き(うしさき、うしざき)は、戦国時代から江戸時代初期にかけて行われた死刑の方法である。

概要[編集]

罪人の両手、両足と、2頭または4頭のウシの角とを縄でつないだのち、ウシに負わせた柴に火を点け、暴れるウシを2方または4方に走らせて罪人の身体を引き裂き、死に至らしめる処刑法である。

美濃の斎藤政利、会津蒲生秀行などが領内の罪人にこの刑を科した。

「倭訓栞」に、「堺にて切支丹の咎人を刑せしに一人此刑にあふ云々」とある。家康公御遺訓百箇条第二十一条に、「牛裂、釜煎等の厳刑は将軍家之不及行処也」とある。

『加賀藩刑事記録索引』によれば元和8年、持筒足軽が「衆道(男色)ノ事ニテ」牛裂きに処された。

関連項目[編集]