独立社会民主同盟

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ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ政党
独立社会民主同盟
Савез независних социјалдемократа
Savez nezavisnih socijaldemokrata
党首 ミロラド・ドディク
成立年月日 1996年3月10日
本部所在地
〒78000
ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ スルプスカ共和国 バニャ・ルカ Petra Kočića 5
政治的思想・立場 社会民主主義左翼ナショナリズム
公式サイト СНСД
国際組織 なし
セルビア人政党
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独立社会民主同盟(どくりつしゃかいみんしゅどうめい、セルビア語Савез независних социјалдемократа / Savez nezavisnih socijaldemokrata、略称:СНСД / SNSD)は、ボスニア・ヘルツェゴビナの議会政党である。党首は、スルプスカ共和国首相を務めるミロラド・ドディク英語版である。

歴史[編集]

スルプスカ共和国議会の無所属議員幹部会(Independent Members of Parliament Caucus)が政党となり、独立社会民主党として発足した。1999年12月、スルプスカ共和国社会自由党を合併した。2000年の地方選挙の後、ニコラ・シュピリッチ(Nikola Spiric)率いるバニャルカ・クライナ民主党を合併した。2001年12月、スルプスカ共和国社会党から分裂した民主社会党を合併した。合併後、略称のSNSDは維持したまま、党名を独立社会民主同盟に改称した。

2012年8月、加盟していた社会主義インターナショナルから大会にて追われた[1]ナショナリズム的傾向が強いことが理由に挙げられる。

選挙[編集]

2006年[編集]

2006年10月1日に行われた総選挙では、大統領評議会、代議院、スルプスカ共和国大統領、スルプスカ共和国議会の全てで勝利を収めている。

  • ネボイシャ・ラドマノヴィッチ(スルプスカ共和国で287,675票、53.26%)は、大統領評議会のセルビア人代表に選出された。
  • ボスニア・ヘルツェゴビナの代議院では最大得票数(269,468票)を集め、民主行動党(238,474票)、ボスニア・ヘルツェゴビナ党(219,477)を上回った。しかし、ボスニア・ヘルツェゴビナの選挙システム上、42議席ある代議院のうちSNSDが得たのは7議席に留まり、民主行動党(9議席)やボスニア・ヘルツェゴビナ党(8議席)を下回った[2]
  • ミラン・イェリッチ(Milan Jelić、271,022票、48.87%)はスルプスカ共和国大統領に当選した。
  • スルプスカ共和国議会の81議席中41議席(244,251票、43.29%)を獲得し、ミロラド・ドディクのスルプスカ共和国首相就任を可能とした。
  • ボシュニャク人クロアチア人を主体とするボスニア・ヘルツェゴビナ連邦のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦代議院において、98議席中1議席(12,564票、1.46%)を獲得した。
  • ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦の第十県において、25議席中5議席(3,779票、16.16%)を獲得した。

2002年[編集]

2002年10月5日の総選挙では、代議院で9.8%の得票率で、42議席中3議席を獲得、代議院で140議席中1議席を獲得、スルプスカ共和国議会で83議席中19議席を獲得した。

脚注[編集]

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  1. ^ [1]
  2. ^ D. Risojević, P. Klincov. “2006-10-19”. ネザヴィスネ・ノヴィニ. 2009年9月閲覧。

関連項目[編集]