狭山池 (大阪府)

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狭山池ダム
Sayamaike01.JPG
北側の池畔にて
所在地 大阪府大阪狭山市大字岩室
位置
河川 大和川水系西除川
ダム湖 狭山池【ため池百選
ダム諸元
ダム型式 アースダム
堤高 18.5 m
堤頂長 997 m
堤体積 605,000
流域面積 17.9 km²
総貯水容量 2,800,000 m³
有効貯水容量 2,800,000 m³
利用目的 洪水調節不特定利水
事業主体 大阪府
施工業者 大林組佐藤工業奥村組
着工年/竣工年 1988年/2001年
出典 狭山池ダム(再)ダム便覧
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西側の池畔にて

狭山池(さやまいけ)とは、大阪府大阪狭山市大字岩室にある日本最古のダムため池とされ、現在では狭山池土地改良区が維持管理している。

概説[編集]

石川大和川といった水量の豊富な河川から外れる河内国西部の丘陵地帯は、水量に乏しく灌漑に苦労していた地域で、現在も狭山池周辺には大小の溜め池が数多く点在する。

飛鳥時代前期、朝廷によって西除川(天野川)と三津屋川(今熊川)の合流点付近を堰き止め築造されたとされるが、正確な築造年は明かでは無く、4世紀[1]から7世紀の改修記録が残る時期まで幅広い説がある。『古事記』・『日本書紀』にもその名が記され、池の中に狭山池神社が祀られている。

1704年宝永元年)の大和川の付け替えまで、現在の大阪市域に至る80か村、約55,000石を灌漑していた。各時代で幾度となく改修が重ねられ、1988年から10年以上の工期をかけた大改修のダム化工事により洪水調整機能を備え、同時に池の周囲は公園として整備された。また、以前の狭山池の保存と公開を目的とした大阪府立狭山池博物館が池の北側に2001年に開館し、改修工事の際に切り出した堤体の実物が展示され断面を見ることが出来る[2]大阪みどりの百選に選定されている[3]

調査研究[編集]

樋や堤体の構造は1988年に開始された改修工事に伴い詳しく調査され、東樋に使用された木材の伐採が616年推古天皇24年)と判定された年輪年代測定結果がある。また堤体の盛り土が幾層にも積まれ、その1部に植物層を含む層があることが判明し中国から伝わった敷葉工法(しきはこうほう/葉のついた枝を土留めに使う工法)が用いられていることがわかった。[要出典]

池底堆積物[編集]

堆積物中にはプラント・オパールと呼ばれる植物の遺骸が残されており、周辺の植生の変遷を知ることが可能になる。この、プラント・オパールの分析からは水田を伴わない自然栽培的な稲作が行われていた可能性が指摘されている[4]

7世紀以降と16世紀以降と推定されるそれぞれ数百年間の地層から珪藻の化石が確認され、海性珪藻が最大で全体の5割近く占めていたことや、8世紀ごろと17世紀前後の大規模な地震による噴砂や地滑りの痕跡[5]が確認された。また堆積物中には過去500年間の古地磁気方位変化が記録されている[6]

古文書などから、津波を伴う東南海・南海地震として、グレゴリオ暦684年11月29日の白鳳地震と1605年2月の慶長地震があったことがわかっており、狭山池で見つかった地震痕跡の時期と近いことから、珪藻は両地震の津波で大阪湾から運ばれた可能性が指摘されている[7]

人間史[編集]

改修の主な歴史[編集]

  • 731年天平3年)、行基による改修。
  • 762年天平宝字6年)、朝廷による改修。池堤決壊により単功83,000人を動員
  • 1202年建仁元年)、重源による改修。重源の『南無阿弥陀仏作善集』にみえる。「重源狭山池改修碑」が造立され現存する。
  • 1608年(慶長13年)、豊臣秀頼の命を受けた片桐且元による改修(慶長の大改修)。
  • 1988年 平成の大改修。

接続河川[編集]

  • 流入する河川
    • 西除川(にしよけがわ)・三津屋川(みつやがわ)
  • 流出する河川
    • 西除川(にしよけがわ)・東除川(ひがしよけがわ)―ともに大和川に流れ込む

※西除川の狭山池より上流部分は「天野川(あまのがわ)」とも呼ばれる。

文化財[編集]

国の史跡に指定されている。また出土品の狭山池出土木樋と重源狭山池改修碑が2014年8月21日付で重要文化財に指定された[8]

参考文献[編集]

  • 『行基の構築と救済』 大阪府立狭山池博物館 2003年
  • 市川 秀之 『歴史のなかの狭山池 最古の溜池と地域社会』 2009年 清文堂

脚注[編集]

  1. ^ 湯川清光:創設時の狭山池 農業土木学会誌 Vol.52 (1984) No.11 P1027-1032
  2. ^ a b 溜め池 農水省 (PDF)
  3. ^ 大阪みどりの百選”. 大阪府. 2016年12月23日閲覧。
  4. ^ 外山秀一、地理学におけるプラント・オパール分析の応用 立命館地理学 1992, No.4
  5. ^ 吉川周作ほか、大阪狭山市狭山池堆積物における液状化跡 Vol.103 (1997) No.10 P982-989
  6. ^ 内山高ほか、溜池堆積物の古地磁気年代測定 第四紀研究 Vol.36 (1997) No.2 P97-111
  7. ^ 1605年の東南海地震での津波は高さ10メートル以上だった模様
  8. ^ 平成26年8月21日文部科学省告示第109号

関連項目[編集]