猪鹿牧

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猪鹿牧(いがのまき)は、信濃国安曇郡(現在の長野県安曇野市穂高牧)に存在した勅旨牧。信濃十六牧の一つ。牧の別当大伴氏流細萱氏であった。

西には、北アルプスがあり、周辺に烏川、川窪沢川がある。放牧地である烏川谷は奥が開けていて深く、牧場として最適地である。

現在、牧地籍には、8世紀の猪鹿牧にかかわる氏族のもの推定される古墳が12基存在している。穂高神社所有の文亀元年(1051年)の『三宮穂高社御造宮定日記』にも「猪鹿牧」の記述がある。

  • 延喜式』には、信濃十六牧と言われる次の16の牧が記述されている。大室牧・高井牧(高井郡)、笠原牧・平井手牧・宮処牧(伊那郡)、新張(新治)牧(小県郡)、塩原牧・岡屋牧・山鹿牧(諏訪郡)、望月牧・長倉牧・塩野牧(佐久郡)、埴原牧大野牧(筑摩郡)、猪鹿牧(安曇郡)、萩倉牧[1]
  • 信濃十六牧以外には甲斐に3牧、上野に9牧、武蔵に4牧があり、信濃と甲斐は左馬寮が、武蔵と上野は右馬寮が所管した[2]。『延喜式』の時代以後、牧の数は増えている[3]

脚注[編集]

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  1. ^ 塚田正朋 『長野県の歴史』57ページ
  2. ^ 塚田正朋 『長野県の歴史』56ページ
  3. ^ 塚田正朋 『長野県の歴史』60ページ

参考文献[編集]

関連項目[編集]