獨協医科大学日光医療センター

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Japanese Map symbol (Hospital) w.svg 獨協医科大学日光医療センター
Dokkyo Medical University Nikko Medical Center.jpg
情報
正式名称 獨協医科大学日光医療センター
英語名称 Dokkyo Medical University Nikko Medical Center
前身 国立珪肺療養所
労働福祉事業団珪肺病院
独立行政法人労働者健康福祉機構珪肺労災病院
標榜診療科 呼吸器内科、膠原病・アレルギー内科、循環器内科、心臓・血管内科、消化器内科、神経内科、感染症内科、糖尿病・内分泌内科、皮膚科、放射線科、外科、心臓・血管外科、整形外科、泌尿器科、形成外科、麻酔科
許可病床数

199床


一般病床:199床
職員数 257
開設者 学校法人獨協学園
管理者 中元隆明(病院長)
開設年月日 2006年平成16年)4月1日
所在地
321-2593
栃木県日光市高徳632番地
位置 北緯36度47分1秒 東経139度42分21.2秒 / 北緯36.78361度 東経139.705889度 / 36.78361; 139.705889 (獨協医科大学日光医療センター)座標: 北緯36度47分1秒 東経139度42分21.2秒 / 北緯36.78361度 東経139.705889度 / 36.78361; 139.705889 (獨協医科大学日光医療センター)
二次医療圏 県西
PJ 医療機関
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獨協医科大学日光医療センター(どっきょういかだいがくにっこういりょうセンター)は、栃木県日光市高徳にある病院。

沿革[編集]

1949年昭和24年)に当時の栃木県塩谷郡藤原町に建てられた国立珪肺療養所をその起源とする[1]。その後1957年昭和32年)に労働福祉事業団が設立され(労働福祉事業団法、昭和32年法律第126号)[2]、珪肺病院となった。2004年平成16年)4月に独立行政法人労働者健康福祉機構法の施行により、労働福祉事業団が廃止[3]、独立行政法人労働者健康福祉機構が設立され、労働福祉事業団の業務を継承する。

2006年平成16年)1月獨協医科大学と労働者健康福祉機構間における珪肺労災病院の移譲に係る譲渡契約締結とともに現在の名称になる[広報 1]2016年(平成28年)4月に栃木県の災害拠点病院とDMAT(災害派遣医療チーム)指定病院にそれぞれ指定された[4]

2019年(平成31年)1月の会議で、センターを日光産業団地に移転することを正式に決定した[5]

保険指定施設[編集]

認定病床数[編集]

  • 許可病床数 199床

診療科等[編集]

交通アクセス[編集]

日光医療センター公式サイト アクセスも参照

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ 地方会・研究会記録 第60回労働衛生史研究会」産業衛生学雑誌2011年5月18日
  2. ^ 産業保健の歴史 第二次世界大戦以降~」産業医学資料展示室[リンク切れ]
  3. ^ 緊急提言①JA栃木厚生連の塩谷総合病院撤退にあたっての対応について」さいとう淳一郎オフィシャルサイト レポート・講演録2008年1月6日[リンク切れ]
  4. ^ “日光医療センター、災害拠点病院指定 県、DMATにも”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 朝刊 栃木全県版. (2016年4月27日) 
  5. ^ 獨協大日光医療センター、移転を正式決定 日光産業団地に 20年度末にも着工へ”. 下野新聞「SOON」ニュース. 下野新聞社 (2019年2月7日). 2019年2月7日閲覧。

広報資料・プレスリリースなど一次資料[編集]

関連項目[編集]