玉置弥五左衛門

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玉置 弥五左衛門(たまおき やござえもん、天保15年10月8日1844年11月17日) - 没年不詳)は、幕末岡崎藩士で、遊撃隊隊士。後、岡崎町長。通称は弥惣。変名は五郎

玉置弥五左衛門(同名)の長男に生まれ、安政6年(1859年)2月20日の父死去にともない家督を継ぐ。岡崎藩近習役を務めたが、戊辰戦争が勃発して江戸城が無血開城となった後の慶応4年(1868年)5月8日、同藩士と共に脱藩して旧幕府軍遊撃隊に加わり箱根奥州各地を転戦し、榎本武揚艦隊と合流して蝦夷地へ渡る。遊撃隊第3軍副長および軍目を務めた。

箱館戦争降伏後は国に戻り、明治23年(1890年)6月12日から明治30年(1897年)9月21日まで岡崎町長を務めた。

著書[編集]

  • 『遊撃隊起終録』