理容所

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サインポールが青に変わっている現代風の理容室
昭和時代の床屋(1980年代
地方の理容室
店内の一例

理容所(りようしょ)とは、理容散髪、刈込、顔剃りなど容姿を整える)の業を行うために設けられた施設、あるいはその建物。

日本では一般的に理容院(りよういん)、理容室(りようしつ)、床屋(とこや)、散髪屋(さんぱつや)、理髪店(りはつてん)とも呼ばれている。

概要[編集]

理容所と美容所の業務は似ているが、日本の法律では次の通りに区別されている。

最近は男女とも理容店や美容室の区別を特に意識せずに利用したり、シェービングや美顔のために女性客が理容店を利用する場合も多く、両者の区別は明確でなくなりつつある。多くの理容店の店舗には、店の入口にサインポールと呼ばれる赤青白の3色で構成された円筒状の看板が螺旋状に回転している(詳しくは理美容師を参照)。

近年はサービスや内装で高級感を強調した店、ヘッドスパや顔そり、または剃髪のみに特化した店舗や10分間程度でカットのみのサービスを提供する店など多様な業態が登場している。

床屋[編集]

下関市亀山八幡宮そばにある「床屋発祥之地」の碑

一般的に床屋(とこや)という呼び名を用いるが、これは江戸時代の理髪店を髪結い床(かみゆいどこ)と呼んだことに由来する。

床屋の発祥は山口県下関市と謂われており、『髪結職文由緒書』によれば采女之亮政之(うめのすけまさゆき)が朝鮮半島新羅人から技術を習得し髪結所を開業したのが始まりとされる。店の中に床の間を設け亀山天皇と藤原家を奉る祭壇があり、人々は“床の間のある店”から転じて“床屋”という屋号で呼ぶようになったという。采女之亮はその後鎌倉に移り、鎌倉幕府からも重用されるほどになったと謂われている。江戸時代の床屋について詳しくは「髪結い」の項を参照のこと。

  • “床”という言葉が性的な意味合いも持つ為か、「以前は性風俗店も行っていたから」という俗説があるが間違いである。
    • ただし、アジアの一部では女性従業員によるマッサージ店や性的なサービスを提供する男性客対象の風俗店の役割を持っている場合がある(頽廃理髮所)。しかし理美容店がそういった業種も兼務している場合もあるというだけで、床屋という言葉の意味や由来には関係しない。
    • また、以上の俗説から放送禁止用語とされてしまう場合がある。このことには過激な自主規制や言葉狩りではないかという意見もあり、有川浩の小説『図書館危機』の中でもテーマの1つとして取り上げられている。

散髪屋(さんぱつや)いわゆる理髪店(りはつてん)は、日本においては明治維新による文明開化の折に横浜に開業したものが第1号とされる。

理容師法[編集]

理容師法 (昭和二十二年十二月二十四日法律第二百三十四号、最終改正年月日:平成一九年六月二七日法律第九六号)により、以下の項に関して定められており、理容所の開設には都道府県知事への届出が必要となる。

  • 第六条の二:理容所以外の場所における営業の禁止
  • 第十一条:理容所の位置等の届出
  • 第十一条の二:理容所の使用
  • 第十一条の三:地位の承継
  • 第十一条の四:管理者
  • 第十二条:理容所について講ずべき措置
  • 第十三条:立入検査
  • 第十四条:閉鎖命令

定休日[編集]

日本では、大半の個人経営の店は毎週月曜日を定休日としていた。これは第二次世界大戦中から戦後にあった全国的な電力不足における休電日が月曜日だった名残である[1]。全国的には月曜が多かったが、地域により火曜(愛知県、北海道など)や水曜(三重県など)に設定されており、その地域では各々の休電日に合わせて定休日が設定された[2]。休電日がなくなった後も、過当競争を避けるため定休日は各地域ごとの理容組合への加入の取り決めとして定められ(適正化規定)、休電日をもとにした定休日が地域ごとに継承された。現在では特に定休日の規制は存在しないが、土日に集客が多いこともあり、以前からの定休日を踏襲している店舗が多い。

理容をテーマとした作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 理容店の定休日、なぜ月曜が多い? - 全国理容生活衛生同業組合連合会による解説
  2. ^ 理容店、なぜ火曜定休 「休電日」に合わせ踏襲 - 中日新聞(2008年3月24日)[リンク切れ]

関連項目[編集]