琉蘭修好条約

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琉蘭修好条約(りゅうらんしゅうこうじょうやく)は、1859年7月6日咸豊9年・安政6年6月7日)に琉球國(琉球王国)オランダ王国が結んだ通商条約。第三条にて、オランダに領事裁判権を認める旨が書かれており、典型的な不平等条約である。

1879年明治12年)の琉球処分により琉球國(琉球王国)の消滅により失効したとされる。

全権[編集]

  • 琉球王国 尚鳳儀、翁德祐
  • オランダ王国 ファン・カペレル

主な内容[編集]

  • 第一条で自由貿易(琉球の関税自主権の喪失)、オランダ船への薪水の供給
  • 第二条でオランダ船からの漂流民の救助
  • 第三条でオランダに領事裁判権を認める
  • 第四条でオランダ人墳墓所を設置
  • 第五条で琉球側による水先案内
  • 第六条でオランダ船への薪水の提供に関する費用等

関連項目[編集]