生地鼻灯台

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
生地鼻灯台
Ikuzih01.jpg
生地鼻灯台の位置(富山県内)
生地鼻灯台
航路標識番号
[国際標識番号]
1290 [M7137]
位置 北緯36度53分52秒 東経137度24分39秒 / 北緯36.89778度 東経137.41083度 / 36.89778; 137.41083座標: 北緯36度53分52秒 東経137度24分39秒 / 北緯36.89778度 東経137.41083度 / 36.89778; 137.41083
所在地 富山県黒部市生地
塗色・構造 白地に黒横帯2本塗
塔形 コンクリート
レンズ 第4等フレネル
灯質 単閃白光 毎10秒に1閃光
実効光度 210,000 cd
光達距離 16.0海里(約30km)
明弧 334度から203度まで
塔高 30.40 m (地上 - 塔頂)
灯火標高 32.47 m (平均海面 - 灯火)
初点灯 1951年昭和26年)2月11日
管轄 海上保安庁
第九管区海上保安本部

生地鼻灯台(いくじばなとうだい)は、富山県黒部市生地鼻に立つ中型灯台。白地に2本の黒いラインという目立った外観で、北陸地方では、舳倉島(へくらじま)灯台に続いて第2番目の高さ、遠く滑川市からでも、肉眼で確認できる。また、日本海富山湾の境界の役割も担っている。通称「生地の灯台」。「越湖の灯台」と呼ぶ人もいる。

地元のイベント行事や毎年8月19日に内部を一般公開する。

歴史[編集]

  • 1926年(大正15年)5月 生地町(現在の黒部市)が設置した「槍ヶ崎灯柱」(鉄造四角形やぐら形、高さ20m)が前身。
  • 1951年(昭和26年)2月11日 海上保安庁により現在の灯台が設置、初点灯されたが、日本ではじめて自動捲上装置が設置される。
  • 1969年(昭和44年) 霧信号所が廃止される。
  • 1992年(平成4年) 自動化により、無人化される。

生地台場[編集]

生地台場

生地鼻灯台の近くに生地台場がある。ここは、江戸時代末期、日本近海に外国船が出没するようになったため、江戸幕府は諸藩に海岸防備を命じ、加賀藩1851年嘉永4年)に造った砲台場[1]。当時は、幅約8m、長さ約63m、高さ約2.5mという巨大なもので、5門の大砲が備えられていた。現在は、富山県の史跡に指定[2]され、当時の姿に復元されたが、風化しつつある。

交通[編集]

あいの風とやま鉄道生地駅から徒歩30分

Ikuji LightHouse.jpg

脚注[編集]

関連項目[編集]