生田暉雄

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生田 暉雄(いくた てるお、1941年10月2日[1] - )は、日本の弁護士。元裁判官

経歴[編集]

1941年、兵庫県神戸市生まれ。関西大学卒業後、高校教師や市役所職員として働きながら司法試験に合格、修習生時代は青法協に所属していた[2]

1970年、裁判官任官後、1987年に大阪高等裁判所判事に。1992年に退官し弁護士になるまで、裁判官としての勤務は22年間にわたる。

弁護士としては、忌避されがちな難事案を積極的に引き受け、高知白バイ事件、愛媛教科書裁判などの弁護を担う。自らの著書にて裁判所の実態を告発する一方、裁判を「主権実現の手段」と位置付け、市民の手に取り戻す術を提案している[3]

その一方、2020年までに9回の懲戒を受けた経験があり、当時所属していた香川県弁護士会の会長は現役最多記録ではないかとしている[4]。当人は「弁護士会からのやっかみ等で、弁護士の懲戒ということをやられ」[2]たと述べている。

林眞須美弁護人を務め、2021年5月31日、新たに和歌山地裁に再審請求を申し立てたことが、同年6月9日に明らかにされた[5][6]

著書[編集]

  • 『裁判が日本を変える!』(2007年、日本評論社)
  • 『裁判員拒否のすすめ』(2009年、WAVE出版)※共著
  • 『最高裁に「安保法」違憲判決を出させる方法』(2016年、三五館)

脚注[編集]

  1. ^ 裁判官人事情報2/2(元裁判官関係)
  2. ^ a b 最高裁のウラ金 2011年1月20日 生田暉雄
  3. ^ 生田暉雄著:『最高裁に「安保法」違憲判決を出させる方法』巻末より。
  4. ^ 77歳弁護士に8度目懲戒=現役最多か-香川県弁護士会。なお、生田自身は後に東京弁護士会へ一時的に移籍したが、後に香川県弁護士会へ再移籍している。
  5. ^ 毒物カレー事件の林真須美死刑囚が新たに再審請求 地裁が受理”. Yahoo!ニュース(毎日新聞) (2021年6月10日). 2021年6月13日閲覧。
  6. ^ 「そんな暗い話はいらん」林眞須美死刑囚、“関空連絡橋から長女が飛び降り”一報への肉声”. Yahoo!ニュース(NEWSポストセブン (2021年6月13日). 2021年6月13日閲覧。