田中村 (東京府北豊島郡)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

田中村は、東京府北豊島郡に存在した村。 本村の北側にある谷原村や下石神井村を越えた飛地新田を持つ。

地理[編集]

  • 田中村は、現在の東京都練馬区南田中に相当する。
  • 田中新田は、現在の東京都練馬区三原台の一部に相当する。

歴史[編集]

古くは石神井郷に含まれていた。徳川家康の関東入府の後、同じく分かれた谷原村とともに増島左内重国の知行地になったと伝えられる。しかし慶長以降は幕府直轄領であった[1]元文年間に谷原村の北の飛地に新田を開発し、これを田中新田と称した[2]文政の改革によって田無村を大惣代とする寄場組合に所属した。

  • 石神井北田中町:(旧:田中新田、現:三原台)
  • 石神井南田中町:(旧:田中村の田中新田を除く、現:南田中)
と名付けられる。
  • 1943年(昭和18年)7月1日 - 東京都制により東京都板橋区の所属となる。
  • 1947年(昭和22年)8月1日 - 練馬区独立により東京都練馬区の所属となる。
  • 1949年(昭和24年) - 町名から「石神井」の冠称が除かれる。
  • 1971年(昭和46年)8月1日 - 北田中町の大部分について住居表示が実施され、三原台の一部となる。
  • 1973年(昭和48年)8月1日 - 南田中町の大部分について住居表示が実施され、南田中の一部となる。

寺院・神社[編集]

  • 無格社 稲荷神社 - 大字田中字塚越664番地、現南田中5-14

出典[編集]

  1. ^ 『練馬区史』 練馬区、1957年、290-291頁。
  2. ^ 『練馬区史 歴史編』 練馬区史編さん協議会、1982年、245頁。
  3. ^ 復古記 明治元年6月20日 - 国立国会図書館近代デジタルライブラリー
  4. ^ 復古記 明治元年8月8日 - 国立国会図書館近代デジタルライブラリー
  5. ^ 明治2年行政官布告第142号 - 国立国会図書館近代デジタルライブラリー
  6. ^ 『品川県史料』 東京都品川区〈品川区史〉、1970年、300-309頁。 NCID BN05722063 
  7. ^ 東京市史稿』市街篇 52巻、東京都、1962年、520-571頁。NDLJP:9640915
  8. ^ 『練馬区史 歴史編』 練馬区史編さん協議会、1982年、515頁。
  9. ^ 『東京区分町鑑』 紅英堂。NDLJP:991447/113