田代美代子

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経歴[編集]

東京都豊島区目白生まれ。明治学院大学中退。

シャンソン歌手の石井好子に師事し、シャンソンを学ぶ。また、ジャズシンガー鈴木敏夫からジャズを学び、銀巴里などで歌っていた。

1965年(昭和40年)「赤い砂漠」(映画音楽)でデビュー。同年、和田弘とマヒナスターズとデュエットした「愛して愛して愛しちゃったのよ」が大ヒットし、一躍その名を全国区にしたが、第16回紅白歌合戦には和田弘とマヒナスターズが白組で出場し、デュエットの相手である田代美代子は紅組とみなされ出場出来なかった。歌唱中の松平直樹が間奏の時に「やっぱり美代子が居ないと寂しいよ」と発言して、それとなくNHKに出場ルールの見直しをお願いしていた。

1966年(昭和41年)には再びマヒナとデュエットした「ここがいいのよ」もヒットし、同曲で第17回NHK紅白歌合戦に初出場した。この第17回NHK紅白の田代の歌の映像が現存する。

1968年(昭和43年)には「小川宏ショー」で司会に挑戦。その後もコンスタントに活動を続けていたが、1975年(昭和50年)に急性膵臓炎を患い、ドクターストップが罹ったことから休養宣言。1982年(昭和57年)に石井好子の後押しで歌手復帰。1985年(昭和60年)からは本格的に活動を再開する。

ユネスコの活動の参加でも知られ、日本ユネスコ協会連盟の中央委員・理事・評議員などの要職を歴任。現在はスペシャルアドバイザーとして活動している。

2008年8月30日放映の『第40回NHK思い出のメロディー』に出演。

父親は旧八幡製鐵の社員だったのか、高校卒業までの10年近くを現在の北九州市で過ごしたことから、2009年、北九州市の観光大使を委嘱された。これについては、本人がブログで委嘱された際の感想を述べている。

2010年9月 2011年度早稲田大学大学院教育学研究科修士課程入学試験 合格。

代表曲[編集]

テレビ番組[編集]

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

年度/放送回 曲目 対戦相手
1966年(昭和41年)/第17回 ここがいいのよ 島和彦

関連項目[編集]