田川賢吾

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田川 賢吾
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府茨木市
生年月日 (1994-05-22) 1994年5月22日(26歳)
身長
体重
189 cm
79 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2012年 ドラフト3位
初出場 2018年4月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

田川 賢吾(たがわ けんご、1994年5月22日 - )は、大阪府茨木市出身のプロ野球選手投手)。右投左打。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学3年生の時から野球を始めると、中学生時代には元阪神タイガース赤星憲広が設立したレッドスターベースボールクラブに所属していた[1]

高知中央高等学校への入学当初は、外野手としてプレー。2年時の春から投手としての練習を始めると、秋から本格的に転向した[2][3]。3年春の高知県総体では、高知商業高校との試合で本塁から中堅までの距離が122mである高知県立春野運動公園野球場のバックスクリーンにソロ本塁打を放った。3年夏の選手権高知大会では、岡豊高校との3回戦で自己最速の148km/hをマーク。無四球1失点という内容で完投勝利を収めた[2]。しかし、続く高知高校との準々決勝では、延長10回まで戦った末に1-2で敗退し、在学中には春夏とも、甲子園球場での全国大会への出場はなかった。

2012年プロ野球ドラフト会議で、東京ヤクルトスワローズから3巡目で指名[4]。契約金5,000万円、年俸600万円(金額は推定)という条件で入団した。入団当初の背番号は35

ヤクルト時代[編集]

2013年には、イースタン・リーグ公式戦3試合に登板。0勝1敗、防御率9.00を記録した。

2014年には、4月10日に腰椎椎間板ヘルニアの摘出手術を受けたため、一・二軍とも公式戦への登板機会がなかった。

2015年には、イースタン・リーグ公式戦3試合に登板。0勝1敗、防御率8.44を記録した。

2016年には、イースタン・リーグ公式戦19試合に登板。2勝3敗、防御率7.28という成績を残した。入団以来一軍公式戦での登板機会がないまま10月1日に球団から支配下選手契約の解除を通告[5]されたが、通告後も球団に籍を置いたままフェニックスリーグへ参加。11月22日には育成選手として契約を結ぶとともに、背番号を117へ変更することが球団から発表された[6]

2017年には、イースタン・リーグ公式戦で過去最多の28試合に登板。5勝6敗、防御率4.43という成績を残したが、支配下登録選手への復帰や一軍公式戦へのデビューには至らなかった。育成選手に関するNPBの規定で、10月31日にいったん自由契約選手として公示[7]。公示後に、育成選手として再び契約を結んだ。

2018年には、オープン戦の途中から一軍へ昇格すると、救援投手として登板を重ねた。3月20日には、支配下登録選手へ復帰するとともに、背番号を62へ変更[8]。さらに、プロ入り後初めての一軍公式戦出場選手登録を、開幕一軍入りで果たした[9]。4月3日の対広島東洋カープ戦でプロ初登板も果たしたが、結果としてこの年は1試合の出場に留まった。

2019年は、イースタン・リーグ公式戦16試合に登板。4勝5敗、防御率3.70という成績を残した。2試合連続完投勝利(内1試合は完封)を挙げるなど成長を見せた。9月15日マツダスタジアムでの広島東洋カープ戦で先発登板し、5回と2/3を1失点に抑えプロ入り初勝利を挙げた[10]

2020年11月2日、戦力外通告が公示された[11]

選手としての特徴・人物[編集]

長身から投げ下ろす最速148km/hのストレートが武器。キレの良いスライダーを中心に、カーブフォークと多彩な変化球を投げられる[2]

ヤクルト入団後の2016年春季キャンプ前には、小川泰弘と共に上原浩治の自主トレーニングに参加し、上原から「素材は素晴らしい」との賛辞を受けた[12]

また、プロ入り初勝利を挙げた際は、上原から祝福を受けている[13]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2018 ヤクルト 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 4 1.0 0 0 1 0 0 1 0 0 0 0 0.00 1.00
2019 4 3 0 0 0 1 2 0 0 .333 73 15.1 23 2 6 0 0 12 0 0 16 13 7.63 1.89
通算:2年 5 3 0 0 0 1 2 0 0 .333 77 16.1 23 2 7 0 0 13 0 0 16 13 7.16 1.84
  • 2020年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



投手












2018 ヤクルト 1 0 1 0 0 1.000
2019 4 1 2 0 0 1.000
通算 5 1 3 0 0 1.000
  • 2020年度シーズン終了時

記録[編集]

初記録
打撃記録
  • 初打席:2019年8月24日、対阪神タイガース19回戦(明治神宮野球場)、3回裏に西勇輝から二ゴロ

背番号[編集]

  • 35(2013年 - 2016年)
  • 117(2017年 - 2018年3月19日)
  • 62(2018年3月20日 - 2020年)

登場曲[編集]

  • 「Can't Get Enough」Leeroy Feat Nagla(2015年 - 2017年)
  • 「pride」GReeeeN(2018年)
  • 「Slow Down」Lights Follow(2019年 - )

脚注[編集]

  1. ^ 田川「レッド魂」だ! 投打ハイレベル「投手で活躍したい」”. スポニチ Sponichi Annex (2012年10月26日). 2013年3月5日閲覧。
  2. ^ a b c 神宮つばメ~ル:第19回 ドラフト3位・田川賢吾、驚異の18歳”. SPORTS COMMUNICATIONS (2013年1月7日). 2013年3月5日閲覧。
  3. ^ 小さな司令塔 熱投導く/高知中央・森本君”. asahi.com (2012年7月22日). 2013年3月5日閲覧。
  4. ^ プロ野球ドラフト会議!”. 東京ヤクルトスワローズ (2012年10月25日). 2013年2月1日閲覧。
  5. ^ 戦力外通告について”. 東京ヤクルトスワローズ公式サイト (2016年10月1日). 2016年10月1日閲覧。
  6. ^ ヤクルト、戦力外通告の田川と育成契約 背番号は117”. サンケイスポーツ (2016年11月22日). 2017年2月23日閲覧。
  7. ^ 自由契約選手(育成選手)|2017年度公示”. NPB.jp 日本野球機構 (2017年10月31日). 2017年11月1日閲覧。
  8. ^ ヤクルト・田川、2年ぶり支配下復帰 オープン戦7試合登板. サンケイスポーツ (2018年3月21日). 2019年1月7日閲覧。
  9. ^ ヤクルト田川 プロ6年目で初開幕一軍「ここからが本当の勝負」”. スポーツニッポン (2018年3月27日). 2018年3月30日閲覧。
  10. ^ ヤクルト・田川、7年目ついにつかんだプロ初勝利!「忘れられない一日に」”. サンケイスポーツ (2019年9月16日). 2020年1月19日閲覧。
  11. ^ "来季の契約について". 公式サイト. 東京ヤクルトスワローズ. 2 November 2020. 2020年11月2日閲覧
  12. ^ 5位転落のヤクルトに世代交代の波 松坂世代の剛腕&柱のベテランが戦力外(4)上原称賛の右腕も戦力外に”. Full-Count (2016年11月9日). 2017年2月23日閲覧。
  13. ^ 【ヤクルト】7年目右腕の田川がプロ初勝利 師匠の上原氏も「泣きそう」”. スポーツ報知 (2019年9月16日). 2020年1月19日閲覧。

関連項目[編集]