甲府西武

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旧・甲府西武建物(現存せず)

甲府西武(こうふせいぶ)とは、山梨県甲府市にかつてあった西友運営の百貨店である。本項では前身の「中込百貨店」についても述べる。

概要[編集]

中込百貨店[編集]

元々は地元資本の呉服店である中込呉服店が当地で営業を行っていた。戦前は駅前通りの入口の東側角地の場所に2階建コンクリート造のモダンな建物を構えていたが、1945年(昭和20年)7月の甲府空襲で全焼。その後再建され1948年(昭和23年)、中込百貨店に改称。1951年(昭和26年)に山梨県庁舎の南側に木造店舗を建設し、百貨店として本格的な営業を開始した。

商圏内には既に岡島百貨店のほか、1954年(昭和29年)に甲府松菱(その後山交百貨店)が開業、さらに1958年(昭和33年)には荻野商店が「オギノ」としてスーパーマーケット業に転換し、既存の商店街とともに客の奪い合いとなった。中込百貨店は核となる百貨店をはじめ12ものスーパーマーケットを運営するなど多角化を進めるが、無理な経営が祟りこの頃から資金繰りが悪化する。中込百貨店は打開策として1973年(昭和48年)に旧木造建物を解体のうえ道路側に面するガラス張りのエレベーターを設置した建物を築き、アーバンなかごみとしてリニューアルオープン。またこの時CMの乱発を実施し集客のてこ入れを図ろうとするが、1974年(昭和49年)に県外資本のダイエーが同地区に進出してきたことがとどめとなり、翌1975年(昭和50年)2月に経営破綻した。

甲府西武[編集]

倒産した中込百貨店の債務整理を行ないつつ新たな譲渡先を探していたところ、名乗りを挙げたのは1960年代国際興業との山梨交通争奪戦に敗れ、山梨進出が頓挫していた西武グループであった。西武グループ系列の百貨店事業を営む西武流通グループ(のちのセゾングループ)がアーバンなかごみの店舗を買収し、中込百貨店破綻からわずか2ヶ月で西友中込店として営業を再開。さらに1979年(昭和54年)には改装を実施し、西友百貨店事業部運営の「甲府西武」店としてリニューアルオープンした。

売場面積19,222m2と、当時の山梨県の商業施設としては規模が大きく、西武百貨店のカタログを取り揃え、当時はセゾングループ系列であった無印良品(のちに良品計画として独立)が入店するなどセゾンブランドをふんだんに活かしていた。また、セゾングループの進出は既存店舗に刺激を与え、増床したばかりの岡島百貨店がさらなる増床計画をたてたほか、山交百貨店が一時閉鎖して改築を行なったり、オギノが本部を移転してファッションビルに転換、ダイエーもトポスに業態転換するなど影響を与えている。

バブル景気の波にも乗り売上げは順調であったが、バブル崩壊による不況到来と同時に郊外にショッピングセンターが相次いで開業すると次第に売上げが低下。平和通りに隣接する好立地を何とか生かそうとLIVIN化も模索したものの、慢性的駐車場不足であることと県庁舎施設に囲まれて拡張や増床ができない(これについて甲府西武は山梨県に県有地買収を打診したが拒否されたため頓挫)という悪条件が重なり、1998年(平成10年)2月15日をもって閉店。セゾングループは、山梨県における百貨店事業から撤退した。

影響とその後[編集]

甲府西武の南側に位置する甲府中央商店街は駅からやや離れており、甲府西武は近くにあったトポス甲府店と合わせ駅と商店街を結ぶ建物でもあったが、甲府西武に続きトポス甲府店も翌1999年(平成11年)に閉鎖したことでその流れが断ち切れてしまい、中心部の空洞化を決定付ける要因となってしまった。この頃から中央商店街はシャッターを降ろす店が増え、さらに大規模小売店舗法に代わり大規模小売店舗立地法が成立し、商業調整が除外されたことでユニーイトーヨーカ堂の相次ぐ郊外進出が起き、東京へのストロー効果の影響もあり中央商店街の多くがシャッター通りとなっている。

甲府西武閉店後は山梨県が土地を買収し、新庁舎建設の計画を立てたが失われた10年の影響による税収減や既存庁舎の耐震工事化への方針転換により建物を取り壊さず一部をパスポートセンターやジョブカフェ、展示場などに改装し、県の情報施設山梨県民情報プラザとしてオープンした。この時上層階および地下2階以下は改装されず閉鎖となり、またコスト抑制からアーバンなかごみ時代からのガラス張りのエレベーターは使用停止となった。2007年(平成19年)には大河ドラマ風林火山』のタイアップイベントである「風林火山博」の会場として使用されている。

しかし、築30年以上が経過し老朽化が進行したことと山梨県庁舎の集約化を目的に情報プラザの場所に新庁舎を建てることが決定し、2009年(平成21年)度中に建物は閉鎖され、その後解体された。現在跡地は山梨県庁防災新館となっている。

関連項目[編集]

  • 西友 ‐ 中込百貨店を買収した当時はセゾングループの中核会社であり、閉店時まで百貨店事業部→SEIBU事業部→大型店事業部が運営を行なっていた。セゾングループ解体後、現在はウォルマート傘下。
  • 無印良品 ‐ 当店内に出店していたが、閉店後は山交百貨店内に移転している。