甲斐庄正永

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甲斐庄 正永(かいしょう まさなが、寛文元年(1661年) - 享保2年3月4日1717年4月15日))は、江戸幕府旗本甲斐庄氏5代。通称は伝八郎、喜右衛門(7代正壽まで同名を名乗る)。勘定奉行江戸南町奉行を務めた甲斐庄正親(領地は河内国錦部郡等)の子。兄弟に茂雅、浅野長武継室、土屋逵直室。

元禄3年(1691年)、父が江戸南町奉行在任中に没し、家督を相続する。普請奉行などを務め、目付となる。養子甲斐庄正恒(堀直佑の三男)が家督を継いだ。