町田博子

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まちだ ひろこ
町田 博子
本名 小町谷 博子(こまちや ひろこ、出生名)
橋本 博子(はしもと ひろこ、結婚後)
生年月日 (1924-10-25) 1924年10月25日
没年月日 2010年
出生地 日本の旗 日本 東京府南多摩郡町田町原町田(現在の東京都町田市原町田)
職業 女優
ジャンル 映画舞台テレビドラマ
活動期間 1939年 - 2000年代
配偶者 あり
主な作品
『或る夜の接吻』
静かなる決闘
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町田 博子(まちだ ひろこ、1924年10月25日 - 2010年[1])は、日本の女優である[2][3]。本名は橋本 博子(旧姓小町谷[2][3]。特技は日本舞踊東北弁ピアノ[3]

来歴・人物[編集]

1924年(大正13年)10月25日東京府南多摩郡町田町原町田に生まれる[2][3]

1939年(昭和14年)、町田尋常高等小学校(現在の東京都立町田高等学校)を卒業[2][3]。同年4月、日活多摩川演技研究所に4期生として入所し、翌1940年(昭和15年)12月、日活多摩川撮影所が製作した山本弘之監督映画『生活の歓び』で映画初主演[1][2][3]。1942年(昭和17年)、戦時統制に伴う企業統合で大映に移籍し、後に大映芸能挺身隊に加入して全国を慰問する[2][3]

第二次世界大戦終結後の1945年(昭和20年)、伊賀山正徳監督映画『海の呼ぶ声』で復帰して以来、大映の専属女優として活躍[2][3]。1966年(昭和41年)、大映を退社してフリーとなるが、以後も数多くの映画、テレビドラマに出演した[2]。中でも1988年(昭和63年)に話題になった昼ドラマ華の嵐』(CX系)で、高木美保(ヒロインの朝倉柳子役)に仕える女中頭のきぬ役が有名[3]

また、その傍ら舞台でも活躍しており、1950年(昭和25年)、劇作家の三好十郎が主宰した劇団戯曲座に参加し、高品格山田禅二織賀邦江らと共演[2]。1954年(昭和29年)には退団し、劇団東演で舞台を踏んだ後、東京俳優生活協同組合に所属した[2][3]。この間、1957年(昭和32年)4月に結婚[2]

2010年(平成22年)、死去した[1]。満85-86歳没。晩年は歩行困難のため、東京都内の老人施設に暮らしていた[1]

主な作品[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

舞台[編集]

  • どん底
  • ワーニャ伯父さん
  • 黒姫山のきつね物語
  • 越後詞往来
  • びっくり箱

CM[編集]

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ a b c d 『戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』講談社、2017年、195頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k 『日本映画俳優全集 女優編』キネマ旬報社、1980年、601頁。
  3. ^ a b c d e f g h i j 日本タレント名鑑'82』VIPタイムズ社、1981年、367頁。