白井英治

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白井英治
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 山口県美祢市
生年月日 (1976-10-15) 1976年10月15日(42歳)
身長 173cm
血液型 O型
競艇選手情報
所属 山口支部
登録番号 3897
登録期 80期
級別 A1級
師匠 今村豊(2992)
選手実績
デビュー日 1997年5月22日
SG優勝 2
GI/PGI優勝 10
GII優勝 2
GIII優勝 7
主要獲得タイトル
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白井英治(しらい えいじ、1976年10月15日 - )は、山口県美祢市出身の競艇選手。 登録番号3897。身長173cm。血液型O型。80期。山口支部所属。師匠は今村豊。師匠譲りの巧みなハンドル捌きによる鋭角的なターンが得意とし、「関門のホワイトシャーク」の異名を持つ。

人物[編集]

小学校の頃から父親に競艇場に連れて行かれ、その頃から競艇の選手になろうと決意。小・中学時代は野球、高校は空手に打ち込んだ。高校を卒業後、5度目の正直で本栖に合格するまでの約2年間、新聞配達のアルバイトをしながら理工系の専門学校に通っていた(1回目の受験は学科で不合格、2回目は減量したところ血圧で不合格、3・4回目は身長オーバーで不合格)。

選手経歴[編集]

1997年5月22日、下関でデビュー。6月13日、宮島で初勝利。

1999年1月24日、蒲郡一般戦で初優勝。

2001年10月、常滑第48回全日本選手権でSG初優出(6号艇、5着)。

2003年10月、平和島49周年でG1初優勝。

2005年3月、多摩川第40回総理大臣杯で優出するも、痛恨のフライング

その後も記念級レースやSGにも常連として参戦し、幾度も優勝戦に進出するも、惜敗が続いていたことから「無冠の帝王」というニックネームが付いた。特に2010年浜名湖第37回笹川賞では準優10Rで新田雄史を2コースから差し切り1着で制したが待機行動違反を取られて賞典除外、優出に失敗。この待機行動違反により、その後に行われた準優2Rの結果によって優勝戦12Rの1号艇をふいにした。翌日の優勝戦を制したのは、同じ準優10Rを走って3着から繰り上がりで優出に成功した岡崎恭裕であった。

2012年度には、年間最高勝率(8.32)をマークし、名実共にトップレーサーとなった。

2014年8月、若松で行われた第60回モーターボート記念では、予選道中に落水するなどのハンデもあったが、好モーターを活かし優出。31日の優勝戦では2コースからコンマ00と渾身のタッチスタートを決めると、1コースの谷村一哉をまくり、14回目の優出にして遂に悲願のSG初制覇を果たした。スリットからの速攻で勝負をつけるスタイルで勝ちとった栄冠であった。年末の平和島第29回賞金王決定戦に出場し1号艇を得るも、結果は3着(優勝は茅原悠紀)。

2018年3月、浜名湖第53回総理大臣杯において、1号艇で優出するも2号艇の井口佳典にまくられて5着。SG優勝戦1号艇での連敗が続いたが、8月に徳山で64年ぶりのSG開催となった第28回第28回グランドチャンピオン決定戦において、体重を51㎏まで絞ると予選2位で準優勝戦進出を成し遂げ、準優勝戦唯一のイン逃げ(予選1位は同じく山口支部の寺田祥であったが準優勝戦2着)を決めて優勝戦1号艇に乗艇、優勝戦は.07のトップスタートを決めてイン逃げでSGV2となった。山口支部としては初の地元開催SG覇者となった。

SG優出は23回を数えており、競艇王チャレンジカップ以外のSGでは優出の経験がある。

獲得タイトル[編集]

SG[編集]

G1[編集]

G2[編集]

関連項目[編集]