白坂依志夫

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しらさか よしお
白坂 依志夫
本名 八住 利義 (やすみ としよし)
生年月日 (1932-09-01) 1932年9月1日
没年月日 (2015-01-02) 2015年1月2日(82歳没)
出生地 日本の旗 日本 東京府東京市
死没地 日本の旗 日本 東京都
職業 脚本家
ジャンル 劇場用映画テレビ映画
活動期間 1955年 - 2015年
配偶者 中川弘子(離別)
著名な家族 八住利雄 (父)
山本夏彦 (叔父)
山本露葉 (祖父)
中川三郎 (元義父)
事務所 大映東京撮影所 (1955年 - 1957年)
行動社 (1972年 - )
主な作品
永すぎた春
巨人と玩具
マンモスタワー(テレビ映画)
動脈列島
曽根崎心中

白坂 依志夫(しらさか よしお、1932年9月1日 - 2015年1月2日)は、日本脚本家である[1][2]。本名は八住 利義(やすみ としよし)[1][2]市川市が特別協力する水木洋子の名を冠した「市川市水木洋子シナリオ賞」選考委員長。日本シナリオ作家協会全部委託承継会員[3]

略歴[編集]

1932年(昭和7年)9月1日、東京府東京市(現在の東京都)に生まれる[1]。父はロシア文学者から脚本家に転じ、映画脚本界の大御所として知られた八住利雄[1](1903年 - 1991年)、母の父(母方の祖父)が山本露葉(1879年 - 1928年)、母の実弟(母方の叔父)が山本夏彦(1915年 - 2002年)である。

中学生時代から、多作で知られた父のラジオドラマの脚本などを代作。成城学園高等学校卒業。早稲田大学文学部在学中は、左幸子新東宝の若手俳優と劇団を結成し演劇活動に熱中するが、やがてアルバイトで脚本を書き始める。

1953年(昭和28年)に大学を中退。1955年(昭和30年)、大映東京撮影所に脚本家として入社する。ペンネームは、デビュー当時の阪神タイガースの二遊間コンビ、白坂長栄吉田義男に由来するが、特にタイガース・ファンという訳ではなかった。

高校時代から交流があった三島由紀夫作品を原作とした『永すぎた春』(監督田中重雄、1957年)で注目され、1957年(昭和32年)、大映を退社し、各社と契約。『巨人と玩具』(監督増村保造、大映、1958年)[1]、自らも出演した『野獣死すべし』(1959年、東宝、監督須川栄三)、『われらの時代』(監督蔵原惟繕日活、1959年)と映画会社をまたにかけて、若々しい感性の作品をたてつづけに執筆し、日本映画界の若き才能として活躍する。また、1958年(昭和33年)にはテレビドラマにおいて、同年に完成した東京タワーを指す語をタイトルに、テレビの勃興を脅威に感じる映画界の人々を描く異色作『マンモスタワー』の脚本を執筆し、芸術祭奨励賞を受賞した[4]

同世代の若き文化人たち、大江健三郎石原慎太郎寺山修司谷川俊太郎武満徹和田誠伊丹十三らと盛んに交流した。増村保造とは名コンビとして、1978年(昭和53年)の『曽根崎心中』まで、多くの作品を作り続けた[1]。大映倒産後には、増村映画のプロデューサーであった藤井浩明、増村とともに独立プロダクション「行動社」を起こした。

私生活ではプレイボーイとしても知られ、女優たちとの赤裸々な交際などを回顧したエッセイ『白坂依志夫の人間万華鏡』を月刊「シナリオ」誌に連載し、大いに話題を呼んだ。のちに別冊『脚本家白坂依志夫の世界 書いた!跳んだ!遊んだ!』としてまとめられた。門下生に石松愛弘桂千穂がいる。中川三郎(1916年 - 2003年)の長女で女優の中川弘子(1936年 - )と結婚したが、のちに離婚した。

2015年(平成27年)1月2日、肺炎のため、東京都内の自宅で死去した[1][2]。満82歳没。葬儀は近親者のみで行い、喪主は長女の竹宮映子が務め、白坂の死はその4日後の同6日に報じられた[1][2]

おもなフィルモグラフィ[編集]

白坂が手がけたおもな劇場用映画テレビ映画の一覧である。

  • おさな妻』 : 監督臼坂礼次郎、1970年11月12日公開 - 安本莞二と共同で脚本
  • 木枯し紋次郎』第17話『無縁仏に明日を見た』 : 監督土屋啓之助、1972年5月20日放映(テレビ映画) - 大藪郁子と共同で脚本
  • 真夜中の警視』 : 1973年4月3日 - 同年5月15日放映(テレビ映画)
  • トリプル捜査線』第5話『人気歌手・ギャング団の襲撃』 : 監督井上昭、1973年8月6日放映(テレビ映画)
  • 『野獣死すべし 復讐のメカニック』 : 監督須川栄三、1974年6月15日公開 - 工藤裕弘・須川栄三と共同で脚本
  • 非情のライセンス』第22話『兇悪の夫婦』 : 監督松島稔、1975年2月27日放映(テレビ映画)
  • 動脈列島』 : 監督増村保造、1975年9月6日公開 - 増村保造と共同で脚本
  • 黄金の犬』 : 監督山根成之、1979年6月2日公開 - 加藤盛と共同で脚本
  • 曽根崎心中』 : 監督増村保造、1978年4月29日公開 - 増村保造と共同で脚本
  • 愛の嵐の中で』 : 監督小谷承靖、1978年4月29日公開 - 安本莞二と共同で脚本
  • 皮ジャン反抗族』 : 監督長谷部安春、1978年12月2日公開
  • 探偵物語』第10話『夜の仮面』 : 監督長谷部安春、1979年11月20日放映(テレビ映画)
  • 薔薇の標的』 : 監督村川透、1980年4月19日公開

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 訃報:白坂依志夫さん 82歳=脚本家”. 毎日新聞 (2015年1月6日). 2015年8月19日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2018年8月23日閲覧。
  2. ^ a b c d 脚本家の白坂依志夫氏が死去…三島作品を映画化”. 読売新聞 (2015年1月6日). 2015年1月6日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2018年8月23日閲覧。
  3. ^ 著作者管理検索検索結果、日本シナリオ作家協会、2015年8月19日閲覧。
  4. ^ 樋口[2008], p..[要ページ番号]

参考資料[編集]

関連項目[編集]

  • 市川市水木洋子シナリオ賞