知多郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
愛知県知多郡の位置(1.阿久比町 2.東浦町 3.南知多町 4.美浜町 5.武豊町 薄黄:後に他郡に編入された区域 水色:後に他郡から編入した区域)

知多郡(ちたぐん)は、愛知県尾張国)の。日本の郡では福岡県糟屋郡に続いて2番目に人口が多い。

人口160,839人、面積165.89km²、人口密度970人/km²。(2018年10月1日、推計人口

以下の5町を含む。

郡域[編集]

1878年明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記5町のほか、下記の区域にあたる[1]

歴史[編集]

7世紀に制の知多評として設置された[2]。これが701年大宝元年)に郡制の知多郡になった。

近世以降の沿革[編集]

知行 村数 村名
藩領 尾張名古屋藩 141村 有松村、大高村、込高新田村、富田村、姫島村、白沢村、草木村、坂部村、卯之山村、稗之宮村、椋原村、矢口村、高岡村、角岡村、大古根村、植村、岩滑村、横松村、萩村、宮津村、板山村、福住村、吉川村、半月村、猪伏村、長草村、木之山村、八ツ屋新田、又右衛門新田、追分村[3]、追分新田、伊右衛門新田、桶迫間村、落合村、東阿野村、大脇村、近崎村、北尾村、横根村[3]、●大府村、広恵新田、村木村、●緒川村、石浜村、生路村、藤江村、有脇村、半田村、長尾村、大足村、東大高村、市原村、富貴村、布土村、時志村、北方村、河和村、古布村、浦戸村、矢梨村、切山村、乙方村、山田村、大井村、片名村、須佐村、中須村、師崎村、名和村、寺中村、渡内村、平島村、清水村、木庭村、大里村、横須賀村、木田村、加木屋村、藪村、平井村、中島村、迫間村、堀之内村、朝倉村、佐布里村、古見村、岡田村、森村、鍛治屋村、松原村、羽根村、北粕谷村、南粕谷村、大興寺村、矢田村、久米村、前山村、石瀬村、宮山村、大草村、小倉村、大野村、鬼ヶ崎新田村、●西之口村、●榎戸村、多屋村、北条村、瀬木村、●常滑村、樽水村、西阿野村、熊野村、古場村、苅屋村、檜原村、大谷村、小鈴谷村、広目村、坂井村、上野間村、北奥田村、南奥田村、●柿並村、一色村、細目村、小野浦村、岡部村、中之郷村、北脇村、馬場村、西端村、東端村、利屋村、名切村、楠村、内福寺村、岩屋寺村、久村、大泊村、篠島村、日間賀島村
名古屋藩・尾張犬山藩[4] 4村 亀崎村、乙川村、●成岩村、吹越村
その他 名古屋藩・加藤図書助[5]知行 1村 加家村
  • 吉田村 ← 吉川村、半月村
  • 森岡村 ← 猪伏村、村木村
  • 共和村 ← 長草村、木之山村、八ツ屋新田、又右衛門新田、追分村、追分新田、伊右衛門新田、桶迫間村
  • 北崎村 ← 近崎村、北尾村
  • 広田村 ← 藤江村、有脇村
  • 旭村 ← 大井村、片名村
  • 鴻崎村 ← 師崎村、篠島村、日間賀島村
  • 荒尾村 ← 寺中村、渡内村、平島村、清水村、加家村
  • 大田村 ← 大里村、木田村


  • 岩滑村が半田村に、広恵新田が大府村に、藪村が横須賀村に、多屋村・北条村・瀬木村が常滑村に、西之口村・榎戸村が大野村にそれぞれ合併。
  • 明治11年(1878年12月20日 - 郡区町村編制法の愛知県での施行により、行政区画としての知多郡が発足。郡役所が半田村に設置。同年、以下の各村の統合が行われる。(49村)
  • 富木島村 ← 富田村、姫島村、木庭村
  • 阿久比村 ← 白沢村、草木村、坂部村、卯之山村、稗之宮村、椋原村、矢口村、高岡村、角岡村、大古根村、植村、横松村、萩村、宮津村、板山村、福住村
  • 生浜村 ← 石浜村、生路村
  • 武豊村 ← 長尾村、大足村
  • 三芳村 ← 東大高村、市原村、富貴村
  • 富沢村 ← 布土村、時志村、北方村
  • 三和村 ← 河和村、古布村、浦戸村
  • 豊丘村 ← 矢梨村、切山村、乙方村、山田村
  • 豊浜村 ← 須佐村、中須村
  • 八幡村 ← 平井村、中島村、迫間村、堀之内村
  • 新知村 ← 朝倉村、古見村
  • 日長村 ← 森村、鍛治屋村、松原村
  • 金沢村 ← 羽根村、北粕谷村、南粕谷村、大興寺村、大草村
  • 米田村 ← 矢田村、久米村
  • 金山村 ← 前山村、石瀬村、宮山村、小倉村
  • 佐合村 ← 樽水村、西阿野村
  • 中橋村 ← 熊野村、古場村、苅屋村、檜原村
  • 三谷村 ← 大谷村、小鈴谷村、広目村
  • 奥田村 ← 北奥田村、南奥田村
  • 稲早村 ← 坂井村、上野間村
  • 野間村 ← 柿並村、一色村、細目村、小野浦村
  • 内海村 ← 岡部村、中之郷村、北脇村、馬場村、西端村、東端村、利屋村、名切村、楠村、内福寺村、吹越村
  • 山海村 ← 岩屋寺村、久村、大泊村


  • 込高新田村が大高村に合併。
  • 明治14年(1881年)(56村)
    • 鴻崎村が分割して師崎村・篠島村・日間賀島村となる。
    • 稲早村が分割して坂井村・上野間村となる。
    • 共和村の一部が分立して桶狭間村となる。
    • 金沢村の一部が分立して南粕谷村・大興寺村・大草村となる。
  • 明治15年(1882年)(62村)
    • 生浜村が分割して石浜村・生路村となる。
    • 広田村が分割して藤江村・有脇村となる。
    • 共和村の一部が分立して長草村となる。
    • 野間村の一部が分立して小野浦村となる。
    • 横須賀村の一部が分立して高横須賀村・養父村となる。
  • 明治16年(1883年)(72村)
    • 三芳村が分割し、一部(旧東大高村)が東大高村、残部(旧市原村・旧富貴村)が富貴村となる。
    • 米田村が分割して矢田村・久米村となる。
    • 佐合村が分割して樽水村・西阿野村となる。
    • 中橋村が分割して熊野村・古場村・苅屋村・檜原村となる。
    • 栄村の一部が分立して東阿野村となる。
    • 大野村の一部が分立して西之口村・榎戸村・蒲池村となる。
  • 明治17年(1884年)(89村)
    • 富沢村が分割して布土村・時志村・北方村となる。
    • 三和村が分割して河和村・古布村・浦戸村となる。
    • 旭村が分割して大井村・片名村となる。
    • 三谷村が分割して大谷村・小鈴谷村・広目村となる。
    • 阿久比村の一部が分立して白沢村・草木村・卯坂村・椋岡村・矢高村・植大村・横松村・萩村・宮津村・板山村・福住村となる。
    • 常滑村の一部が分立して多屋村となる。
    • 熊野村・檜原村が古場村に合併。
  • 明治20年(1887年) - 石浜村・生路村が合併して生浜村となる。(88村)

町村制以降の沿革[編集]

1.半田町 2.亀崎町 3.横須賀町 4.大野町 5.阿久比村 6.上阿久比村 7.東阿久比村 8.乙川村 9.有脇村 10.藤江村 11.生路村 12.石浜村 13.緒川村 14.吉田村 15.森岡村 16.大府村 17.横根村 18.北崎村 19.有松村 20.桶狭間村 21.共和村 22.長草村 23.大高村 24.名和村 25.荒尾村 26.大田村 27.富木島村 28.加木屋村 29.高横須賀村 30.養父村 31.八幡村 32.新知村 33.佐布里村 34.岡田村 35.日長村 36.金沢村 37.矢田村 38.久米村 39.金山村 40.西之口村 41.榎戸村 42.多屋村 43.常滑村 44.樽水村 45.西阿野村 46.古場村 47.苅屋村 48.大谷村 49.小鈴谷村 50.坂井村 51.上野間村 52.奥田村 53.野間村 54.内海村 55.山海村 56.豊浜村 57.師崎村 58.篠島村 59.日間賀島村 60.大井村 61.豊丘村 62.河和村 63.布土村 64.富貴村 65.武豊村 66.成岩村(上紫:名古屋市 下紫:半田市 桃:常滑市 赤:東海市 上橙:大府市 上黄:知多市 上緑:阿久比町 水色:東浦町 下緑:南知多町 下黄:美浜町 下橙:武豊町)
  • 明治22年(1889年10月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。[ ]は合併した村。(4町62村)
  • 明治23年(1890年12月17日(6町60村)
    • 成岩村が町制施行して成岩町となる。
    • 常滑村が町制施行して常滑町となる。
  • 明治24年(1891年
  • 明治25年(1892年
    • 5月31日 - 生浜村が分割し、一部(生路)の区域に生路村、残部(石浜)の区域に石浜村がそれぞれ発足。(7町59村)
    • 9月13日(8町57村)
      • 桶狭間村が共和村に編入。
      • 有松村が町制施行して有松町となる。
  • 明治26年(1893年
    • 11月8日 - 内海村が町制施行して内海町となる。(9町56村)
    • 12月4日 - 共和村の一部(桶狭間)が有松町に編入。
  • 明治27年(1894年9月8日(11町54村)
    • 大高村が町制施行して大高町となる。
    • 師崎村が町制施行して師崎町となる。
  • 明治36年(1903年5月6日(13町52村)
    • 河和村が町制施行して河和町となる。
    • 岡田村が町制施行して岡田町となる。
  • 明治38年(1905年2月1日 - 豊浜村が町制施行して豊浜町となる。(14町51村)
  • 明治39年(1906年
    • 5月1日 - 以下の町村の統合が行われる。いずれも新設合併。(14町19村)
      • 師崎町 ← 大井村、師崎町
      • 内海町 ← 山海村、内海町
      • 阿久比村 ← 阿久比村、東阿久比村、上阿久比村
      • 横須賀町 ← 大田村、加木屋村、横須賀町、高横須賀村、養父村
      • 三和村 ← 矢田村、久米村、金山村
      • 鬼崎村 ← 西之口村、榎戸村、多屋村
      • 枳豆志村 ← 樽水村、西阿野村、苅屋村、古場村
      • 東浦村 ← 藤江村、石浜村、生路村、緒川村、森岡村[村木[6]
      • 大府村 ← 大府村、吉田村、北崎村、横根村、長草村、共和村、森岡村[猪伏[7]
      • 亀崎町 ← 亀崎町、有脇村、乙川村
      • 八幡村 ← 八幡村、新知村、佐布里村
      • 旭村 ← 日長村、金沢村
    • 7月1日 - 以下の町村の統合が行われる。いずれも新設合併。(14町16村)
      • 野間村 ← 奥田村、野間村
      • 河和町 ← 布土村、河和町、豊丘村[古布[8]・矢梨・切山[9]
      • 豊浜町 ← 豊浜町、豊丘村[山田・乙方[10]
      • 小鈴谷村 ← 小鈴谷村、大谷村、上野間村、坂井村
    • 9月1日 - 名和村・荒尾村・富木島村が合併して上野村が発足。(14町14村)
  • 明治44年(1911年12月10日 - 枳豆志村が町制施行・改称して西浦町となる。(15町13村)
  • 大正4年(1915年11月1日 - 大府村が町制施行して大府町となる。(16町12村)
  • 大正11年(1922年)4月1日 - 八幡村が町制施行して八幡町となる。(17町11村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和12年(1937年10月1日 - 半田町・亀崎町・成岩町が合併して半田市が発足し、郡より離脱。(14町11村)
  • 昭和15年(1940年2月11日 - 上野村が町制施行して上野町となる。(15町10村)
  • 昭和17年(1942年)7月1日 - 野間村が町制施行して野間町となる。(16町9村)
  • 昭和23年(1948年6月1日 - 東浦村が町制施行して東浦町となる。(17町8村)
  • 昭和26年(1951年)10月1日 - 鬼崎村が町制施行して鬼崎町となる。(18町7村)
  • 昭和27年(1952年
    • 4月1日 - 旭村が町制施行して旭町となる。(19町6村)
    • 7月1日 - 小鈴谷村が町制施行して小鈴谷町となる。(20町5村)
  • 昭和28年(1953年1月1日 - 阿久比村が町制施行して阿久比町となる。(21町4村)
  • 昭和29年(1954年
    • 4月1日 - 常滑町・鬼崎町・西浦町・大野町・三和村が合併して常滑市が発足し、郡より離脱。(17町3村)
    • 10月5日 - 武豊町・富貴村が合併し、改めて武豊町が発足。(17町2村)
  • 昭和30年(1955年
    • 4月1日(14町2村)
      • 河和町・野間町が合併して美浜町が発足。
      • 八幡町・岡田町・旭町が合併して知多町が発足。
  • 昭和32年(1957年3月31日 - 小鈴谷町が分割し、一部(小鈴谷・広目・大谷・坂井)が常滑市に、残部(上野間)が美浜町にそれぞれ編入。(13町2村)
  • 昭和36年(1961年)6月1日 - 内海町・豊浜町・師崎町・篠島村・日間賀島村が合併して南知多町が発足。(11町)
  • 昭和39年(1964年12月1日 - 有松町・大高町が名古屋市に編入。緑区の一部となる。(9町)
  • 昭和44年(1969年)4月1日 - 上野町・横須賀町が合併して東海市が発足し、郡より離脱。(7町)
  • 昭和45年(1970年9月1日(5町)
    • 大府町が市制施行して大府市が発足し、郡より離脱。
    • 知多町が市制施行して知多市が発足し、郡より離脱。

変遷表[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 町名変更地域の境界は未詳。いずれも公有水面埋立地を除く。
  2. ^ 藤原京藤原宮の北をめぐる外濠から出た木簡に、「辛卯年十月尾治国知多評」とある。尾治は尾張のことで、辛卯年は691年。同じ場所で「尾治国知多郡」の裏に「大宝二年」(702年)と記された木簡も見付かった。奈良国立文化財研究所『藤原宮木簡』一、151、166、奈良国立文化財研究所史料XII、1978年、77頁、81頁。
  3. ^ a b 共同開発地である横根追分村を別記。
  4. ^ 尾張藩附家老成瀬氏領が慶応4年1月24日(1868年2月17日)に立藩。
  5. ^ 幼少時の徳川家康を預かった熱田の名家(東加藤家)。
  6. ^ 合併後は東浦村大字森岡となる。
  7. ^ 合併後は大府村大字森岡となる。
  8. ^ 合併後は河和町大字古布となる。
  9. ^ 合併後はともに河和町大字豊丘となる。
  10. ^ 合併後はともに豊浜町大字豊丘となる。

参考文献[編集]

関連文献[編集]

  • 『知多郡史. 上巻』 愛知県知多郡、愛知県知多郡、1923年。NDLJP:978746
  • 『知多郡史. 中巻』 愛知県知多郡、愛知県知多郡、1923年。NDLJP:978747
  • 『知多郡史. 下巻』 愛知県知多郡、愛知県知多郡、1923年。NDLJP:978748

関連項目[編集]