石坂繁

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日本の旗 日本の政治家
石坂 繁
生年月日 1893年1月24日
出生地 熊本県熊本市
没年月日 1972年12月31日(満79歳没)
死没地 熊本県熊本市
出身校 東京帝国大学法学部卒業
前職 弁護士
所属政党 国民同盟→)
翼賛議員同盟→)
翼賛政治会→)
大日本政治会→)
進歩党→)
改進党→)
日本民主党→)
自由民主党

内閣 第2次岸内閣
在任期間 1958年6月12日 - 1959年6月18日

選挙区 熊本県第1区
当選回数 3回
在任期間 1936年2月20日 - 1945年12月18日

日本の旗 衆議院議員
選挙区 熊本県第1区
当選回数 3回
在任期間 1952年10月1日 - 1960年10月24日

Flag of Kumamoto, Kumamoto.svg 第12代熊本市長
当選回数 1回
在任期間 1945年10月4日 - 1946年3月11日

Flag of Kumamoto, Kumamoto.svg 第19代・20代熊本市長
当選回数 2回
在任期間 1963年2月15日 - 1970年11月26日
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石坂 繁(いしざか しげる、1893年(明治26年)1月24日 - 1972年(昭和47年)12月31日)は、日本政治家、弁護士。衆議院議員(6期)。熊本市長(3期)。

略歴[編集]

熊本市生まれ。熊本県立中学済々黌から東京帝国大学を卒業。

1936年の総選挙熊本1区から国民同盟で出馬し、初当選。以後、途中公職追放によるブランクや落選を挟んで通算6期衆議院議員を務めた。1958年第2次岸内閣では農林政務次官を務めている。

国政の傍ら、1945年には第12代熊本市長を兼任し翌年まで1期務め、また高橋守雄の懇請によって東洋語学専門学校の初代理事長を務めた。1960年の総選挙で次点に終わり捲土重来を期したものの、熊本市長だった坂口主税熊本県知事選に出馬するため任期途中で辞職すると、その後任を選ぶ市長選に立候補。再度当選し2期務めたが、任期途中の1970年に辞職し2年後に死去した。なお、石坂の地盤を継ぐ格好で野田武夫神奈川2区から選挙区を鞍替えしている。

著書[編集]

  • 『これからの農政』
  • 『慨世小言』(日本談義社、1969年12月) 
  • 『郷土の先哲を偲ぶ』(熊本県教育研究協議会、1969年1月)  
  • 『玄石詩抄』(1968年)
  • 『市長随想』(1967年) 

参考文献[編集]

  • 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』(衆議院、1990年)
公職
先代:
平野龍起
坂口主税
Flag of Kumamoto, Kumamoto.svg 熊本市長
第12代:1945 - 1946
第19・20代:1963 - 1970
次代:
福田虎亀
星子敏雄