石川日出鶴丸

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石川 日出鶴丸(いしかわ ひでつるまる、1878年10月5日 - 1947年11月8日)は、医師医学博士。専門は生理学鍼灸治療。富山県射水郡小杉町(現:射水市)出身。

息子は同じ医学博士の石川太刀雄

業績[編集]

1944年、三重県立医学専門学校(三重大学医学部の前身)の校長に就任[1]。学校内に鍼灸療法科を設置した[1]

第二次世界大戦後、GHQは医療改革の中で従来の鍼灸治療を問題視していた[1]。1947年7月1日、石川はGHQ三重軍政部に呼び出され、鍼灸に関する15項目からなる質問書を手渡された[1]。石川が翌7月2日に提出した回答書を見て軍医の態度は一変し、石川は7月7日に軍政部で鍼灸を披露した[1]。鍼灸存続運動により鍼灸治療の存続が認められることになったが、石川は存続運動のさなか脳溢血で倒れ同年11月8日に亡くなった[1]

葬儀は三重県立医学専門学校で執り行われ、軍政部からも参列があり弔辞を受けている[1]

略歴[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g 占領下、鍼灸の灯守る-石川博士、GHQを科学的に説得 三重県環境生活部文化振興課県史編さん班、2020年7月12日閲覧。