石狩金沢駅

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石狩金沢駅
駅舎(2017年7月)
駅舎(2017年7月)
いしかりかなざわ
Ishikari-Kanazawa
G14 北海道医療大学 (2.2km)
(4.5km) 本中小屋
所在地 北海道石狩郡当別町字金沢
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 札沼線(学園都市線)
キロ程 31.1km(桑園起点)
電報略号 リカ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1935年昭和10年)10月3日
備考 無人駅
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石狩金沢駅(いしかりかなざわえき)は、北海道石狩郡当別町字金沢にある北海道旅客鉄道(JR北海道)札沼線(学園都市線)の電報略号リカ

歴史[編集]

1976年の石狩金沢駅と周囲約500m範囲。左下が札幌方面。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

駅名の由来[編集]

当駅の所在する地名「金沢」に、北陸本線金沢駅と区別のため旧国名「石狩」を冠する。地名の由来は以下の諸説があるが、いずれも石川県金沢市に由来する。

  • 1890年(明治23年)に金沢出身の松村鉄之助らが入植し、1902年(明治35年)に松村が命名[6]
  • 1886年(明治19年)に金沢出身の松村市三郎が入植したことによる[6]。町史ではこれを採る[6]
  • 樺戸集治監の看守長を務めていたある人物が、この地の道路を囚人を使い開鑿した際、地名がなかった同地を、同氏の出身地である「金沢」と称したことより[1][6][7]鉄道省札幌鉄道局による『駅名の起源』(1939年版)[7]、およびその新版として1973年(昭和48年)に国鉄北海道総局が発行した『北海道 駅名の起源』ではこの説を採る[1]

駅構造[編集]

単式ホーム1面1線を有する地上駅無人駅であり、緩急車改造の駅舎を持つ。

1976年の時点では、駅表側に島式、駅裏側に単式の複合ホーム2面3線を有する交換可能駅だった[注釈 1]が、貨物取扱廃止と無人化に伴い、貨物線は札幌側が寸断されて保線用引込み線となり、駅裏側ホームとレールが撤去されて単式ホーム1面1線となった。その後、引込み線も撤去されて完全に棒線化された。

利用状況[編集]

  • 1950年(昭和25年)の1日平均乗車人員は105人[8]
  • 1955年(昭和30年)の1日平均乗車人員は122人[8]
  • 1960年(昭和35年)の1日平均乗車人員は192人[8]
  • 1965年(昭和40年)の1日平均乗車人員は223人[8]
  • 1969年(昭和44年)の1日平均乗車人員は133人[8]
  • 2011 - 2015年(平成23 - 27年)の乗降人員調査(11月の調査日)では、5年平均で「10名以下」[報道 4]
  • 2012 - 2016年(平成24 - 28年)の特定の平日の調査日における乗車人員平均は2.8人[報道 5]
  • 2013 - 2017年(平成25 - 29年)の特定の平日の調査日における乗車人員平均は3.2人[報道 6]
  • 2014 - 2018年(平成26 - 30年)の特定の平均の調査日における乗車人員平均は2.8人[報道 7]

駅周辺[編集]

駅前に廃校舎(旧町立金沢小学校)があるほか、民家が数軒あるのみ。新篠津村との境界が付近にある。

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
札沼線(学園都市線)
北海道医療大学駅 (G14) - 石狩金沢駅 - 本中小屋駅

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ ただし、駅舎と島式ホームの間は駅舎横の新十津川方にある貨物ホームへの貨物積卸線で、島式ホームの駅舎側は使用されておらず、旅客用としては実質的には相対式ホーム2面2線だった。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 『北海道 駅名の起源』日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、第1版、52頁。
  2. ^ 「運輸通信省告示第353号」『官報』1944年7月20日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ 「運輸省告示第313号」『官報』1946年12月10日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ a b 杉山茂「電化目前の学園都市線と専用気動車のこと」『鉄道ファン』第615号、交友社、2012年7月、 27頁。
  5. ^ 『JRガゼット』2009年10月号、交通新聞社
  6. ^ a b c d 本多 貢 (1995-01-25). 児玉 芳明. ed (日本語). 北海道地名漢字解. 札幌市: 北海道新聞社. p. 116. ISBN 4893637606. OCLC 40491505. https://www.worldcat.org/oclc/40491505 2018年10月16日閲覧。. 
  7. ^ a b 『駅名の起源』札幌鉄道局編、北彊民族研究会、1939年、31頁。NDLJP:1029473
  8. ^ a b c d e 当別町史 昭和47年5月発行 880頁。

報道発表資料[編集]

  1. ^ a b “札沼線(学園都市線)の電化について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2009年9月9日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2009/090909-2.pdf 2009年9月14日閲覧。 
  2. ^ “札沼線(学園都市線)の電化開業時期について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2011年10月13日), http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2011/111013-3.pdf 2011年10月17日閲覧。 
  3. ^ “札沼線(北海道医療大学・新十津川間)の鉄道事業廃止届の提出について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2018年12月21日), オリジナルの2018年12月24日時点によるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20181224030823/http://www.jrhokkaido.co.jp/CM/Info/press/pdf/20181221_KO_Sassyoline.pdf 2018年12月24日閲覧。 
  4. ^ 極端にご利用の少ない駅(3月26日現在) (PDF)”. 平成28年度事業運営の最重点事項. 北海道旅客鉄道. p. 6 (2016年3月28日). 2017年12月10日閲覧。
  5. ^ 札沼線(北海道医療大学・新十津川間), (PDF), 線区データ(当社単独では維持することが困難な線区) (北海道旅客鉄道株式会社), (2017年12月8日), http://www.jrhokkaido.co.jp/corporate/senku/pdf/senku/01.pdf 2017年12月10日閲覧。 
  6. ^ 札沼線(北海道医療大学・新十津川間), (PDF), 線区データ(当社単独では維持することが困難な線区)(地域交通を持続的に維持するために) (北海道旅客鉄道株式会社), (2018年7月2日), オリジナルの2017年12月31日時点によるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20180704114928/http://www.jrhokkaido.co.jp/corporate/region/pdf/senku/01.pdf 2018年7月4日閲覧。 
  7. ^ 札沼線(北海道医療大学・新十津川間) (PDF)”. 線区データ(当社単独では維持することが困難な線区)(地域交通を持続的に維持するために). 北海道旅客鉄道. p. 3 (2019年10月18日). 2019年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月18日閲覧。

新聞記事[編集]

  1. ^ “札沼線・北海道医療大学―新十津川 20年5月7日に廃止”. 北海道新聞. (2018年12月8日). オリジナルの2018年12月17日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/qEpUj 2018年12月8日閲覧。 
  2. ^ “札沼線廃止、21日にも届け出 JR、沿線4町と覚書調印”. 北海道新聞. (2018年12月21日). オリジナルの2018年12月23日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/4BNpa 2018年12月23日閲覧。 
  3. ^ “JR札沼線、北海道医療大学-新十津川間が廃止へ 2020年5月、地元と合意”. 毎日新聞. (2018年12月20日). オリジナルの2018年12月23日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20181223073106/https://mainichi.jp/articles/20181220/k00/00m/040/147000c 2018年12月23日閲覧。 

関連項目[編集]