石谷清憐

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
 
石谷清憐
時代 江戸時代
生誕 延享3年(1746年
死没 寛政8年9月4日1796年10月4日
別名 大助
戒名 松道
幕府 江戸幕府
氏族 石谷氏
父母 父:石谷清夤
養父:石谷清馨
兄弟 石谷清盈、銕次郎、女子、石谷清馨、兵三郎、石谷清茂石谷清憐
土岐大隅守頼常の娘
女子(石谷清英、石谷清暠の妻)、女子、女子、
養子:石谷清英石谷清暠

石谷 清憐(いしがや きよとも)は、江戸時代旗本

生涯[編集]

石谷清夤の6男に生まれる。兄の石谷清馨の病気が重くなったため兄の養子となり、明和7年(1770年)6月5日、その遺跡を継ぐ。安永4年(1775年)4月14日、御書院番となる。安永5年(1776年)4月、徳川家治日光社参の時、これに従ったという。

子女[編集]

  • 石谷清英(いしがや きよふさ)
別称:重固(しげかた)、英次郎。永井直期の4男である牧野成融の子として生まれる。石谷清憐の養子となりその娘を妻としたが、石谷清憐に先立って死ぬ。
  • 石谷清暠
神田敷馬正之の4男。石谷清憐の娘を妻としてその跡を継ぐ。
  • 女子
石谷清憐の養子である石谷清英に嫁ぐ。石谷清英が死んだため、石谷清憐の養子の石谷清暠と再婚した。
  • 女子
不明
  • 女子
不明

参考文献[編集]