石谷清馨

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石谷清馨
時代 江戸時代
生誕 享保9年(1724年
死没 明和7年3月23日1770年4月18日
別名 八十次郎
戒名 有道
幕府 江戸幕府
氏族 石谷氏
父母 父:石谷清夤、母:新井白石の娘、
養父:石谷清候
兄弟 石谷清盈、銕次郎、女子、石谷清馨、兵三郎、石谷清茂石谷清憐
能勢惣十郎頼以の娘、後妻:高嶋近江守廣行の娘
養子:石谷清憐

石谷 清馨(いしがや きよか)は、江戸時代旗本

生涯[編集]

一族で1,100石旗本の石谷清候の死の間際にその養子となり、享保20年(1735年)12月22日、養父の石谷清候の跡を継ぐ。宝暦2年(1752年)8月13日、西城の御書院番となる。宝暦6年(1756年)10月13日、進物の役を務めた。

跡は、弟である石谷清憐が養子となって継いだ。

参考文献[編集]