神光丸 (1940年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索
神光丸
基本情報
船種 貨物船
クラス 船級名なし
船籍 神戸市
所有者 神陽汽船
運用者 大同海運
Flag of Japan.svg 海軍省
建造所 播磨造船所相生工場
姉妹船 こがね丸(日本海運
しろがね丸(日本海運)
まがね丸(日本海運)
あかがね丸(日本海運)
國玉丸玉井商船
乾進丸乾汽船
乾安丸乾汽船
岩木丸北日本汽船/大阪商船
航行区域 近海
船級 帝国海事協会
信号符字 JGOM
IMO番号 47385(※船舶番号)
改名 神光丸
い號神光丸(海軍省部内限り)
経歴
起工 1939年12月29日
進水 1940年6月27日
竣工 1940年9月10日
最後 1943年11月2日被爆沈没
要目 ([注釈 1])
総トン数 3,119 トン
排水量 4,828 重量トン
全長 96.0m
14.0m
深さ 7.5m
満載喫水 6.39m[注釈 2]
ボイラー 播磨筒型円缶 2基
主機関 三連成レシプロ蒸気機械 1基
推進器 1軸
出力 2,076 指示馬力
最大速力 13.311ノット
航海速力 11.0ノット[注釈 2][注釈 3]
旅客定員 一等6名[注釈 2]
乗組員 41名[注釈 2]
その他 兵装[注釈 3]
野砲
端艇3隻[注釈 2]
テンプレートを表示

神光丸(しんこうまる)[注釈 4]は、かつて神陽汽船が取得し大同海運[注釈 5]が運行していた貨物船太平洋戦争中、海軍省により徴傭され輸送任務中に撃沈された。

船名は、神陽汽船が取得した船としては唯一のもの。

船歴[編集]

神陽汽船から播磨造船所に発注され、1939年12月29日、播磨造船所相生工場で建造番号302番船として起工。1940年6月27日、進水。9月10日、同所で竣工。竣工後は大同海運に傭船され運行。

1942年12月30日、大阪在泊中に海軍省により徴傭され用途雑用、呉鎮守府所管となる。同日大発動艇を積載し、神戸へ回航。同日、神戸着。31日、横浜へ向け神戸発。

1943年1月2日、横浜着。大発動艇陸揚げ。軍需品、重油積載。6日、1106船団に加入し旗風の護衛を受け石炭積み込みのため室蘭へ向け横浜発。10日、室蘭に到着したが積地が小樽に変更されたため、同日室蘭を出港し函館で待機。11日、福島沖で悪天候に遭遇したため、14日まで福島で待機。14日函館へ回航し、燃料炭と清水を補給。16日、小樽へ向け函館発。17日、小樽着。石炭積載。20日、横浜へ向け小樽発。25日、横浜着。同日、サイパンへ向け横浜発。31日、サイパン着。石炭陸揚げ、砂糖需品積載。便乗者163名乗船。

2月13日、横浜へ向けサイパン発。21日、横浜着。砂糖需品陸揚げ。24日、室蘭へ向け横浜発。27日、室蘭着。石炭積載。

3月2日、横須賀へ向け室蘭発。横須賀着後、石炭を陸揚げ。7日、四日市へ向け横須賀発。8日、四日市着。ドラム缶詰めガソリン7,700本積載。10日、サイパンへ向け四日市発。16日、サイパン着。石炭、ガソリン陸揚げ。リン鉱石1,830トン、空きドラム缶、酒精積載。便乗者52名乗船。17日、部内限りで船名をい號神光丸と改名。30日、横浜へ向けサイパン発。

4月8日、横浜着。リン鉱石、ドラム缶、酒精陸揚げ。便乗者退船。12日、室蘭へ向け横浜発。15日、室蘭着。石炭4,200トン積載。16日、横須賀へ向け室蘭発。19日、横須賀着。20日、トラックへ向け横須賀発。30日、トラック着。石炭陸揚げ。リン鉱石、郵便物積載、便乗者58名乗船。

5月16日、内地へ向けトラック発。20日、サイパンに寄港。秋月の救難に従事。同艦の部分品を積載。6月24日、秋月を曳航し長崎へ向けサイパン発。

7月5日、長崎着。秋月の部分品を陸揚げ。7日、大阪へ向け長崎発。9日、大阪着。リン鉱石陸揚げ。12日、相生へ向け大阪発。13日、相生着。27日まで播磨造船所で入渠修理を実施。27日、三池へ向け相生発。

8月1日、三池着。石炭ほか積載。2日、徳山へ向け三池発。3日、徳山着。ガソリンほか油類、郵便物積載。5日、佐伯へ向け徳山発。同日、佐伯着。石炭、ガソリン、郵便物積載。便乗者4名乗船。6日、オ606船団に加入し第17号掃海艇の護衛を受けパラオへ向け佐伯発。16日、パラオ着。27日、リン鉱石積載のためアンガウルへ向かうが、悪天候のためパラオへ引き返す。便乗者182名乗船。

9月7日、フ706船団に加入し壹岐の護衛を受け佐伯へ向けパラオ発。17日、佐伯着。18日、門司へ回航。同日、門司着。便乗者退船。ドラム缶詰めガソリン14,000本積載。23日、へ回航。24日、呉着。運貨船2隻、自動車6両、機雷12ほか積載。便乗者3名乗船。26日、伊予灘で中型運貨船の曳航試験を実施。同日、安下庄へ回航。27日、佐伯へ回航。30日、パラオへ向け佐伯発。

10月10日、パラオ着。缶詰ほか積載。便乗者2名退船。20日、ラバウルへ向けパラオ発。23日と25日、潜水艦の攻撃を受けたが被害なし。27日、ラバウル着。ガソリン、機雷12ほか陸揚げ。便乗者1名退船。

11月2日、ラバウル第四錨地で碇泊中にアメリカ軍機の空襲受けて被爆し、沈没した。沈没の際、船員2名が犠牲となった。

脚注[編集]

注釈
  1. ^ 注釈なき限り『播磨50年史』p. 422およびpp. 458-459による。
  2. ^ a b c d e 『昭和十七年版 日本汽船名簿』による。
  3. ^ a b 昭和18年7月1日付 海軍省秘第51号『海上交通保護用船名簿』による。
  4. ^ 船名読みは『昭和十七年版 日本汽船名簿』による。船名表記のうち「神」の偏は、本来は「ネ」ではなく「示」。当該文字は環境依存文字であるため、本記事では「神」を用いる。1943年3月17日以降の船名の「神」も同様である。
  5. ^ 合併を繰り返し、2015年末時点では商船三井
脚注

参考文献[編集]

  • 海軍省
    • 昭和18年3月17日付 海軍省兵備局 兵備三機密第110号 徴傭船船名変更の件申進「特設艦船に非らざる徴傭船舶の改名表」。
    • 昭和18年7月1日付 海軍省秘第51号『海上交通保護用船名簿』。
    • 徴傭船舶行動整理表。
    • 大東亜戦争徴傭船舶行動概見表 甲 第三回。
    • 大東亜戦争徴傭船舶行動概見表 甲 第四回。
    • 横須賀防備戦隊戦時日誌。
    • 第四根拠地隊司令部/第二海上護衛隊司令部戦時日誌。
  • 逓信省運輸通信省
    • 『昭和十七年版 日本汽船名簿』。
    • 海務院 『昭和十七年度 日本船名録』。
    • 海運総局 『昭和十八年度 日本船名録』。
  • 『石川島播磨重工業社史 沿革・資料編』、石川島播磨重工業、1992年。
  • 駒宮真七郎『戦時輸送船団史』、出版協同社、1987年。ISBN 4-87970-047-9
  • 『戦没した船と海員の資料館』[1]全日本海員組合
  • 『喪失船舶一覧表』、船舶運営会
  • 『播磨50年史』、播磨造船所、1960年。