神威駅

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神威駅
かもい
Kamoi
西歌 (2.2km)
(1.6km) 歌神
所在地 北海道歌志内市字神威
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 歌志内線
キロ程 11.8km(砂川起点)
電報略号 モイ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1896年明治29年)10月21日
廃止年月日 1988年昭和63年)4月25日
備考 歌志内線廃線に伴い廃駅
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1976年の神威駅と周囲500m範囲。左下が砂川方面。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

神威駅(かもいえき)は、かつて北海道空知管内歌志内市字神威に設置されていた、北海道旅客鉄道(JR北海道)歌志内線鉄道駅である。電報略号モイ。歌志内線の廃止に伴い、1988年(昭和63年)4月25日に廃駅となった。

歴史[編集]

北海道炭礦鉄道空知線が歌志内まで開通すると同時に同社神威砿からの積出し用専用線も開通したが、当駅の設置は神威砿よりもむしろ同社空知砿の西山坑からの運炭のためとされる[1]。西山坑は1896年(明治29年)に開坑し、出炭量が神威砿よりも多かったため、北炭はこの開発を計画して上砂川地区への展開を計ったが、断層やガスが多いとして断念、1924年(大正13年)には鉱区の一部を三井鉱山に売却するなど経営を縮小し、1931年(昭和6年)に閉山した[1]。北炭神威砿専用線の他、住友新歌志内炭砿専用線、三井文珠炭砿専用線、および西歌駅ができるまでの住友歌志内炭砿専用線の管理駅であった[2]。(住友歌志内炭砿専用線、三井文珠炭砿専用線については西歌駅を参照ください。)

駅構造[編集]

廃止時点で、1面1線の単式ホームを有する無人駅であった。有人駅時代の駅舎が残っていた。

駅名の由来[編集]

北海道炭礦鉄道が1893年(明治26年)に申請した、鉱区名の神威(カムイ)から採られた[4]。当会社が鉱区をこの名前にした由来はよくわかっておらず、近くの「カムイヌプリ」(神威岳)もしくはペンケウタシナイ川の支流「カムイシンレルマップ」(ただしシンレルの意味が不明なため全体の意味も不明)から「カムイ」を採ったのではないかとされる[4]。また「かむい」ではなく「かもい」と訛っている理由は不明。ちなみに地区の名前は「かむい」[4]で訛っていない[注 3]

周辺施設[編集]

隣駅[編集]

北海道旅客鉄道
歌志内線
西歌駅 - 神威駅 - 歌神駅

脚注・出典[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 索道設置以前は坑道を利用して当駅貯炭場へ馬搬していた。
  2. ^ 1917年(大正6年)12月に奔別炭礦(株)により開砿、翌1918年(大正7年)12月に山下鑛業の経営となり、1928年(昭和3年)12月に住友坂炭礦に買収。住友は索道ごと買収した(『わが社の歩み』住友石炭鉱業発行)ことから1918年-1928年の間に設置されたとみられる。
  3. ^ 当時のアイヌ語表記の揺れと思われる。当時は地域名も炭礦名も「かもい」と読んでいた可能性もあるが、残されているのが漢字表記だけなので実態は不明。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 歌志内市史 1964年11月発行。
  2. ^ 大正12年版、昭和5年版、昭和26年版全国専用線一覧。及び昭和12年版沿線炭礦要覧 札幌鉄道局発行。
  3. ^ a b c d 新歌志内市史 1994年3月発行。
  4. ^ a b c 歌志内市史 P132。

関連記事[編集]

  • 1963年撮影航空写真 MHO632X-C6-15(国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス)中央より下側に当駅、駅表北側にL字型の住友新歌志内砿の索道原動所ホッパーと積込線がまだ残されている。駅表南側には北炭神威砿の大きな選炭場があり、専用線が大きく膨らんで向かっている。