神田聖子

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神田 聖子(かんだ せいこ、1967年10月30日 - )は、大阪府枚方市出身のものまねタレント。本名・池永昌代(いけなが まさよ)。

血液型B型。身長157センチ、体重46キロ。松田聖子のみを演じるスタイルのショーや、音楽大学卒業クラッシック出身による、圧倒的な歌唱力によるショー構成は、当時のものまね界で話題になり神田聖子が写真集を発売した後、程なくして、松田聖子ものまね芸人が多数出現する、という現象を巻き起こした。

松田聖子のそっくりさんショー、及び一般的に松田聖子のそっくりさんとして世間に認知させたものまねタレントとして知られる。

来歴[編集]

小学生、中学生から聖子ちゃんのニックネームで雑誌等の取材を受ける。京都華頂女子高校音楽科卒業後、上京。1990年武蔵野音楽大学音楽学部器楽科有鍵楽器専修ピアノ科卒業。芸術学士。

クラッシックピアノは池永宮子・山岸領子・梅谷明・中川和義らに師事。 ポピュラー・歌謡曲等は、西村誠・野田浩平らに師事。銀座プティットセリーズ時代の西村誠氏は、神田のクラッシックの発声から、歌謡曲の発声に切り替えるヒントを与える。野田浩平氏は、神田の発声時に、母音と子音に倍音が含まれる事を定義し、より神田聖子の歌唱力を位置付けた。音大時代に数多くのコンテストに出場。

ミスアイスクリーム・まねドルを探せ等、自己PRとしてやっていた松田聖子のものまねが好評だったことから、「じゃあ、これを仕事に」と考えものまねタレントとなった。デビュー後ものまね芸人らと、ユニットを組んでいたが、活動が話題を呼び、1995年には業界初のそっくりタレントによるヘアヌード写真集『聖子』(桜桃書房)を出版。

約7万部のベストセラーとなり社会現象となった。しかし、その社会的にダーティな部分のみが取り上げられ、孤立を余儀なくされひっそりと移籍後1997年に個人事務所を設立する。

1999年にコージー冨田原口あきまさツートン青木ゆうたろうみはる、らとミレニアムものまねショーで、全国ツアーに参加。レギュラーとして華を添える。

また、HiBiKi(郷ひろみ等のものまね名人)あっち幾三・ほいけんた・白咲姫香・はまだまみ、ら特定のタレントそっくり芸を売りとする芸人等とジョイントライブも積極的に行う。

2019年(令和元年)5月、ブルースシンガーソングライターとして再始動したフリーロックアーティストの優多歌を神田聖子の総合音楽プロデューサーに迎え、新たにカナリーノ音楽事務所とする。

また、2019年8月28日にリリースされた優多歌のファーストアルバム『Time Limit Blues』のプロデュースを担当。

尚、神田聖子が演じるものまね聖子ショーに関しては、別の芸名を使い分けたり、用途に合わせて別の芸名に変えて演じる事は、一切無い。近年では、悪性腫瘍・癌撲滅キャンペーンに強い意志意向を示し、ピンクリボンキャンペーンを中心に山田邦子率いるスター混声合唱団の一員として参加。また犬や猫など沢山の飼育経験から動物愛好家として知られる神田聖子自身のSNSでは、多頭飼い放置、虐待に強い懸念をもち、絶対にしてはならない事だと訴え続けている。プライベートでは、30代に大手食品メーカートップバイヤーの一般男性との離婚歴がある。現在独身。

出演[編集]

関連項目[編集]