神石郡

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神石郡(じんせきぐん)は、広島県備後国)の

人口8,572人、面積381.98km²、人口密度22.4人/km²。(2018年10月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域[編集]

1878年明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。

  • 庄原市の一部(東城町新免・東城町三坂)
  • 神石高原町の大部分(桑木・階見および父木野・坂瀬川の各一部を除く)

歴史[編集]

郡名の由来としては神事が行われた土地を意味するというものや、古代日本語で「石の多い谷」の意とするものがありはっきりしていない。古代には「かめし」と発音された。

近世以降の沿革[編集]

知行 村数 村名
幕府領 幕府領 1村 古川村
藩領 備後福山藩 15村 時安村、坂瀬川村、亀石村、大矢村、井関村、近田村、花済村、上野村、李村、上豊松村、中平村、東有木村、西有木村、小野村、笹尾村
豊前中津藩 22村 安田村、西油木村、東油木村、下豊松村、新免村、三坂村、永野村、草木村、阿下村、光信村、小畠村[1]、常光村、光末村、父木野村、上村、高蓋村、木津和村、田頭村、福永村、牧村、高光村、相渡村
  • 慶応4年5月16日1868年7月5日) - 幕府領が倉敷県の管轄となる。
  • 明治4年
  • 明治5年6月5日1872年7月10日) - 深津県が改称して小田県となる。
  • 明治8年(1875年)(36村)
    • 12月20日 - 岡山県の管轄となる。
    • 西油木村・東油木村が合併して油木村となる。
    • 東有木村・西有木村が合併して有木村となる。
  • 明治9年(1876年4月18日 - 広島県の管轄となる。
  • 明治11年(1878年11月1日 - 郡区町村編制法の広島県での施行により、行政区画としての神石郡が発足。郡役所が小畠村に設置。
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の各村が発足。[ ]は合併した村。(30村)
    • 油木村[油木村・安田村]、来見村[坂瀬川村・時安村・井関村・大矢村]、上野村近田村花済村李村小畠村上村阿下村常光村亀石村上豊松村下豊松村中平村有木村笹尾村小野村(現・神石高原町)
    • 新坂村 [新免村・三坂村](現・神石高原町、庄原市)
    • 永渡村[相渡村・永野村]、高光村古川村牧村草木村福永村田頭村高蓋村木津和村父木野村光末村光信村(現・神石高原町)
  • 明治30年(1897年7月2日(23村)
    • 上野村・近田村・花済村・李村が合併して仙養村が発足。
    • 上豊松村・下豊松村・中平村・有木村・笹尾村が合併して豊松村が発足。
  • 明治32年(1899年7月1日 - 郡制を施行。「芦品神石甲奴郡役所」が芦品郡府中町に設置され、同郡・甲奴郡とともに管轄。
  • 大正6年(1917年8月1日 - 油木村が町制施行して油木町となる。(1町22村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和15年(1940年11月10日 - 牧村・草木村・福永村・田頭村が合併し、改めて牧村が発足。(1町19村)
  • 昭和17年(1942年)4月1日 - 小畠村・上村・阿下村・常光村・亀石村が合併し、改めて小畠村が発足。(1町15村)
  • 昭和18年(1943年)4月1日 - 高光村・古川村が合併し、改めて高光村が発足。(1町20村)
  • 昭和19年(1944年1月1日 - 高蓋村・木津和村・父木野村・光末村・光信村が合併し、改めて高蓋村が発足。(1町10村)
  • 昭和24年(1949年)7月1日 - 高蓋村が芦品郡大正村の一部(桑木)を編入。
  • 昭和29年(1954年
    • 3月31日 - 高蓋村が甲奴郡階見村の一部を編入。
    • 11月3日 - 高光村・牧村が合併して神石町が発足。(2町8村)
  • 昭和30年(1955年
    • 3月31日(3町4村)
      • 永渡村が神石町に編入。
      • 来見村・小畠村・高蓋村が合併して三和町が発足。
    • 4月1日(3町2村)
      • 油木町・小野村および新坂村の一部(新免・三坂の各一部)が合併し、改めて油木町が発足。
      • 新坂村の残部が比婆郡小奴可村・八幡村・田森村・東城町・久代村・帝釈村と合併し、改めて比婆郡東城町が発足。
  • 昭和31年(1956年)3月31日 - 油木町・仙養村が合併し、改めて油木町が発足。(3町1村)
  • 昭和34年(1959年)7月1日 - 三和町が芦品郡藤尾村の一部[2]を編入。
  • 平成16年(2004年11月5日 - 油木町・神石町・豊松村・三和町が合併して神石高原町が発足。(1町)

脚注[編集]

  1. ^ 記載は小畑村。
  2. ^ 字萩原、柳峠、道岩、犬塚、大平、石屋、重松、糀原、江立、尾坂、元重の地域のうち国有林五三林班、五五林班を除く地域、新重の地域のうち国有林五〇林班に属する地域を除く地域及び左靱の地域のうち江立一、二五〇の東北端地先神谷川中央から神谷川中央をとおり瀬原一、四五九の三の東北端地先神谷川中央までの線以西の地域。父木野・坂瀬川の各一部となる。

参考文献[編集]