神野信郎

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神野 信郎(かみの のぶお、1930年昭和5年)8月2日 - 2018年(平成30年)11月12日[1] )は日本実業家サーラグループ名誉顧問、中部ガス元社長、相談役。勲三等旭日中綬章神野吾郎中部ガス社長は子。

概要[編集]

祖父・神野三郎が創立した中部ガスの社長を29年間、会長を16年間にわたって務める一方、日本青年会議所会頭をはじめとして、豊橋商工会議所会頭、中部経済連合会副会長などを歴任。この功績から、2016年には豊橋市名誉市民に推挙された[2]

人物[編集]

神野新田の管理のために八開村(現・愛西市)から移り住んだ神野金之助を初代とする神野家の4代目。出生地は父である神野太郎の仕事の関係で東京都であるが、1933年豊橋市に転居[3]

大学卒業後は、三井信託銀行を経て中部ガス入社。1975年に44歳で社長に就任。1994年に退任後は会長、2010年からは相談役に就任。

地域経済の顔役として要職を歴任したほか、東三河における教育・文化の振興に尽力。長らく豊橋市にある2大学(愛知大学豊橋技術科学大学)の理事に名を連ね、愛知大からは名誉役員、豊橋技科大からは名誉博士の称号が贈られている。

また、のちに日本海ガス社長や日本青年会議所会頭等を務めた新田八朗を、1983年から2年間、中部ガスで修行させ育てた[4]

略歴[編集]

公職[編集]

  • 1964年1月 - 豊橋青年会議所理事長(-1964年12月)
  • 1968年1月 - 日本青年会議所会頭(- 1968年12月)
  • 1977年7月 - 豊橋ロータリークラブ会長(- 1978年6月)
  • 1979年5月 - 中部経済連合会副会長(- 2010年5月)
    • 2004年7月 - 中部経済連合会代表代行(- 2004年9月)
    • 2010年5月 - 中部経済連合会顧問(現職
  • 1979年10月 - 愛知県教育委員会委員長(- 1980年10月)
  • 1981年5月 - 愛知県経営者協会副会長(- 1993年5月)
  • 1981年5月 - 日本経営者団体連盟常任理事(- 2002年5月)
  • 1981年5月 - 日本ガス協会常任理事(- 2004年6月)
  • 1982年4月 - 豊橋技術科学大学参与(- 2000年3月)
    • 2000年4月 - 豊橋技術科学大学運営諮問会議委員(- 2004年4月)
    • 2004年4月 - 豊橋技術科学大学理事(- 2008年3月)
    • 2008年3月 - 豊橋技術科学大学特別顧問(現職
  • 1982年4月 - 豊橋商工会議所会頭(- 1998年10月)
    • 1998年11月 - 豊橋商工会議所相談役・特別顧問(- 2004年10月)
    • 2004年11月 - 豊橋商工会議所相談役(現職
  • 1982年4月 - 日本商工会議所常議員(- 1998年10月)
  • 1982年4月 - 愛知大学理事・評議員(- 2011年5月)
  • 1982年11月 - 慶應義塾評議員(現職
  • 1984年2月 - 東三河地域研究センター理事長(- 2015年11月)
    • 2015年11月 - 東三河地域研究センター理事・相談役(現職
  • 1984年4月 - 日本アマチュアオーケストラ連盟会長(- 2009年5月)
    • 2009年5月 - 日本アマチュアオーケストラ連盟名誉会長(現職
  • 1986年5月 - 東三河開発懇話会会長(- 2001年3月)
    • 2001年4月 - 東三河懇話会会長(- 2015年6月)
    • 2015年6月 - 東三河懇話会常任相談役(現職
  • 1987年3月 - 豊橋地区日中友好協会顧問(現職
  • 2000年2月 - 豊橋日独協会会長(現職
  • 2001年10月 - 愛知産業大使(- 2005年10月)
  • 2003年3月 - 日独協会連合会副会長(現職
  • 2006年3月 - クラブ東海副理事長(現職

受賞・叙勲[編集]

著書[編集]

家族・親族[編集]

祖父である神野三郎の養父が、豊橋市に位置する神野新田(じんのしんでん)の開発で知られる神野金之助

脚注[編集]

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  1. ^ 【訃報】弊社名誉顧問 神野 信郎 逝去のお知らせ”. 2018年11月15日閲覧。
  2. ^ 名誉市民/豊橋市
  3. ^ 中部経済新聞者経済部〔編〕『素顔のけいざいじん 2』中部経済新聞社
  4. ^ 「つながる師弟 新田八朗 」2017/1/26付日本経済新聞 朝刊
  5. ^ 神野三男氏が死去 元名古屋鉄道副社長日本経済新聞