祭りのあと (桑田佳祐の曲)

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桑田佳祐 > 祭りのあと
祭りのあと
桑田佳祐シングル
初出アルバム『TOP OF THE POPS
B面 すべての歌に懺悔しな!!
リリース
規格 8cmCD('94)
カセットテープ('94)
12cmCD('01)
デジタル・ダウンロード
録音 猫に小判STUDIO
VICTOR STUDIO
ジャンル ロック
時間
レーベル タイシタレーベル
作詞・作曲 桑田佳祐 (#1,#2)
プロデュース 桑田佳祐
ゴールドディスク
  • ゴールド(シングルトラック、日本レコード協会)[2]
チャート最高順位
  • 週間2位(オリコン
  • 1994年11月度月間6位(オリコン)
  • 1994年12月度月間9位(オリコン)
  • 1994年度年間91位(オリコン)
  • 1995年度年間69位(オリコン)
桑田佳祐 シングル 年表

(1994年) 
祭りのあと
(1994年)
奇跡の地球
1995年
TOP OF THE POPS 収録曲
ヨイトマケの唄
(12)
祭りのあと
(13)
ミュージックビデオ
「祭りのあと」 - YouTube
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祭りのあと」(まつりのあと)は、桑田佳祐の5枚目のシングル1994年10月31日発売。発売元はタイシタレーベル

2001年6月25日に12cmCDとして再発売をしている。

制作・リリース[編集]

本作を最後に桑田のソロ活動は長らく途絶えるが、次作であり約7年ぶりのソロシングル「波乗りジョニー」の発売に合わせ、サザンのデビュー23周年となる2001年6月25日KUWATA BANDSUPER CHIMPANZEEのシングルとともに、1stソロシングル「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)」から本作までが、リマスタリングが施された上でマキシシングルとして再発された。

アートワーク[編集]

本作のジャケット写真はカセットテープが写されており、その上にタイトル、アーティスト名のクレジットがあるのみのシンプルなものとなっている。

チャート成績[編集]

本作は累計81万枚(オリコン調べ)を記録して、自身が1990年代に発売されたシングルの中では最大売上である[3][注 2]

収録曲[編集]

  1. 祭りのあと (4:51)
    (作詞・作曲:桑田佳祐 編曲:桑田佳祐 & 小倉博和
    日本テレビドラマ静かなるドン』主題歌。自身出演のキリン『JIVE』CMソング。TBSラジオ爆笑問題カーボーイ』エンディングテーマソング。
    PVでは当時行われた全国ツアー『桑田佳祐 LIVE TOUR'94 "さのさのさ"』のライブ映像を中心に構成され、この曲を熱唱したり、ステージで派手に暴れ動き回るシーンのほかにもリハーサル、移動中、楽屋などのオフショットも収録された[4]
    ソロ曲としては初めて、テレビドラマ主題歌となり、ドラマのスペシャル放送の際は桑田のライブ映像が使用された。
    うだつの上がらない弱気な男、というソロ作品ではあまり見られなかった目線での歌詞になっている。この後オリジナルアルバムの発売は、2002年の『ROCK AND ROLL HERO』まで途絶え、発売から8年が経過した当曲は当然未収録となっているため、長らくアルバム未収録となっていた。その後のベストアルバム『TOP OF THE POPS』には、リマスタリングが施された上で収録された。
    back number清水依与吏はこの曲を気に入っており、自身の作風にも影響を与えたことを述べている[5]
  2. すべての歌に懺悔しな!! (4:20)
    (作詞・作曲:桑田佳祐 編曲:桑田佳祐 & 小倉博和)
    自身出演のキリン『JIVE』CMソング。
    アルバム『孤独の太陽』からのシングルカット。桑田ソロ作品でシングルカットとなっているのはこの曲が唯一である。下記で挙げたような論争もあり、当時は話題となった。
    斉藤和義はこの曲を気に入っている[6]
    スージー鈴木はこの曲での桑田のボーカルを圧倒的にかっこいいと評している[7]

すべての歌に懺悔しな!!に関わる論争[編集]

経緯・対応[編集]

本作のカップリング曲に収録された「すべての歌に懺悔しな!!」の歌詞をめぐり、当時マスコミを巻き込んだ大きな論争となった。もともとこの曲はアルバム『孤独の太陽』に収録され、本作でシングルカットされたものである。キリン『JIVE』のCMソングとしてOAされていたが、ロックミュージシャンや特定の人物を指すような歌詞に、週刊誌などが反応を見せたことがはじまりである。マスコミではこの歌詞で指す人物を、長渕剛矢沢永吉[注 3]の2人であると決め付け、特集や報道を繰り広げた。ちなみに、この曲の歌詞には

  1. 「女に媚を売る」(国生さゆりとの不倫報道を連想させる。しかし楽曲・ラジオ・ライブなどでエロティックな言動・行動をする三枚目キャラの桑田にも該当する)
  2. 「高級外車がお出迎え」(矢沢・長渕のイメージに該当する)
  3. 「濡れた花弁にサオ立てて」(女性スキャンダルが多い長渕に該当するものの、前述の桑田にも該当する)
  4. 「スーパースターになれたのは、世渡り上手と金まかせ」(長渕のシングル曲「SUPER STAR」を連想させたが、サザンにも「PLASTIC SUPER STAR」という楽曲が存在する)
  5. 「大学出たって馬鹿だから 常識なんかは通じねェ」(これに関しては長渕、矢沢、そして桑田本人にも相当しないが、長渕と桑田は大学に在籍歴がある[注 4]
  6. クスリにゃ目がない バカヤロ様」(長渕が大麻で逮捕される前に発売されており、発売してすぐの時点では長渕の事を歌ったとは言い切れない部分があった。長渕が逮捕された直後にはスポーツ新聞が「桑田は長渕の逮捕を予知したのでは」と書き立てたりもした。なお、『孤独の太陽』の収録曲には薬物に溺れる人物をテーマにした「太陽が消えた街」という楽曲が存在する)
  7. 「どこかでパクった小言を連呼する」(この曲が発表される一年前にシングル曲「RUN」が相田みつをの詩を引用していると話題になり、盗作発覚当時は補作詞表記に変えられた長渕に該当する、なお桑田もザ・ビートルズをはじめとした敬愛するミュージシャンの楽曲のタイトルを歌詞に引用する事がある)
  8. 「テレビにゃ出ないと言ったのに ドラマの主役にゃ燃えている」(「順子/涙のセレナーデ」をリリースした頃に当初テレビ出演はしないと発言したものの、のちに『とんぼ』で主演を務めた長渕と、同様の発言をしたのちに『アリよさらば』で主演を務めた矢沢に該当する)

といったフレーズが存在している。また、曲の最後に桑田が微かに呟いたセリフが「いらっしゃい」という風にも聞こえたと唱え、長渕がライブで同様のフレーズを叫んでいるため、長渕の事を歌ったととる者もいる[11]

この論争の波紋は大きく、桑田はこれを受け1994年10月13日の大宮ソニックシティでの公演の直後に会見を開き、「歌詞の一部分だけを抽出して長渕さんや矢沢さんを誹謗していると書かれてしまいました」「今回のアルバムは私小説的にまとめたいという気持ちから自分の事を歌っているのであって、特定の人を意識しては絶対にありません」「長渕さんや矢沢さん、関係者やファンの方にご迷惑をかけ大変に申し訳ない」「曲を作ってる段階では自分自身もスタッフもこうとらえられるとは思ってもみなかった」と釈明したり、矢沢・長渕の両者に向けて事務所が「この歌詞は自分を含めたロックシンガー、ミュージシャンを揶揄したものである」という旨の釈明文を送付する事態になった。

また、桑田は会見の中で前日に横浜に出向き、矢沢のコンサートの楽屋を訪れて謝罪をしたことと、矢沢が「お互いクリエイター。全然気にしてないよ。それより桑田君の方は大丈夫か?」「長渕は友達だから僕から君の真意を伝えてあげるよ」と桑田を気遣う態度をみせた事を言及した。

しかし、一方の長渕は、いくつかのインタビューにて桑田を名指しで攻撃した[12]講談社の雑誌『Views』の中では「自身との間で過去にあった因縁」などを語って様々な反論を展開し、誌上で語った「俺は桑田佳祐を許さない」というコメントは大きな波紋を呼んだ[12]。状況は桑田vs長渕という図式に変化し、様々な音楽評論家や邦楽の批評家を巻き込む大論争にまで発展した。週刊誌にて長渕は、自らのファンが桑田の息子(当時7歳)を襲うことを匂わせる発言をしたため、桑田は息子にボディーガードをつける事態となった。以降様々な形でこの論争が週刊誌などで報道されたものの、翌年1995年1月24日に長渕が大麻取締法違反で逮捕され、事態が一気に沈静化することになった[12]

長渕が音楽雑誌『Views』の中で語った「自身との間で過去にあった因縁」とは、以下の一件である。

たまたま居酒屋であった彼らは意気投合し、桑田が主宰のライブに長渕を招待した。そして、1983年7月29日にナゴヤ球場で行われたサザンオールスターズのライブにゲストとして参加するはずだった長渕が最初に出て歌うことに、説明不足だったのか「俺がサザンの前座なんて聞いていない!」と長渕がキレた。桑田がライブ終盤に再び長渕をステージに上げ、ビールを頭に浴びせた。

なお、このナゴヤ球場でのライブのチケットには「サザンオールスターズ+Special Guest 長渕剛」と書かれており、当初からサザンを上にした扱いとなっていた。また、桑田にとってはライブで液体をかけたりかぶったり[注 5]、ゲストにちょっかいをかけたりする[注 6]行為は別段特別なことではなく、ジョイントライブの後も、桑田が1984年に発売された長渕の「TIME GOES AROUND」を『桑田佳祐のオールナイトニッポン』で絶賛したり、長渕が『長渕剛のオールナイトニッポンスペシャル』1990年8月23日放送分で桑田と松任谷由実の楽曲を「かっこいい」と述べたりする一幕があった。なお、1988年放送の長渕主演のテレビドラマ『とんぼ』では劇中でサザンの曲「みんなのうた」が流れたのに対し、小川英二を演じる長渕が「そんなクソみたいな歌消せ、コノヤロー!!」というシーンがあったが、前述のラジオでの発言もあるため、番組内の演出であったとも考えられる。

テレビでの報道に関しては、ソロアーティストである長渕と、サザンとソロ活動及びKUWATA BANDSUPER CHIMPANZEEといった企画モノや原由子への楽曲提供などで幅広く活動してきた桑田の売上の差が一目瞭然であった事[15]、長渕が『とんぼ』『しゃぼん玉』『オルゴール』などのドラマや映画によるバイオレンスなイメージの定着と、女性スキャンダル及び妻やスタッフへの暴行について何度か報道されたこと[12][16]、対する桑田が公の場で歌唱中にズボンを下ろし、ブリーフや尻を露出するなど[注 7]の過激なパフォーマンス・極端なジョークやイジリを好む姿と裏腹に、自らの事を自虐的に語ったり[19]、気さくで且つ繊細な人柄であると周囲に評され、チーフマネージャーから若手まで幅広いスタッフに意見を募ったり、食事に連れて行ったりするなど面倒見がいい事が語られ、おしどり夫婦としても知られていた[20]ということもあって、大論争に至るまでの経過で非常に重要な事柄である割には、それほど取り上げられなかった。

騒動の影響・その後[編集]

桑田本人は「BRIDGE」1994年10月号で「だから自分のことを含んでるんですよ。この『歌が得意な猿』だって。だから誰かを糾弾するとか、巨悪をやっつける『やつらを』なんて言い方しないから。僕はアナーキーじゃないんだから(笑)やっぱり自分を含んでるっていうのが一番面白いだろうと思うし」と改めてコメントした。また、インタビュアーを務めた編集長の渋谷陽一は、この曲を「笑える楽曲」と評価し、ミリオンヒットを連発していた桑田がこうした楽曲を歌うことを面白がり、桑田の自虐的な性格や製作意図に理解を示した[21]

桑田と長渕の両者に面識のある泉谷しげるは、1994年11月28日の『日刊スポーツ』における自身のコラムで、「『すべての歌に懺悔しな!!』は、どの角度からどう分析したって明らかに長渕を指してるぜ。最後に長渕がコンサートで使うキーワード「いらっしゃい」で締めてんだから当然だろ。(中略)桑田、何で『長渕を歌ったんじゃない』なんて言い訳したんだ。初めから『テメーのことを歌ったんだ。おまえが嫌いだ。謝んねえぞ』といってやりゃよかったんだよ。そうすりゃ謝り方に因縁つけられることもねえんだからさ。大好きだったボブ・ディランにバカにされたジョン・レノンが、怒りのあまりディランを本名で攻撃する曲[注 8]を作って発売したことがあるが、長渕は多分桑田が好きだったから頭にきたんだろうな。長渕は『ダチになりたい』と思って近づいたが、桑田にしたら『暗くてうっとうしくて面倒くさそうなやつだ』程度の印象だったんだろう。(1983年のナゴヤ球場でのジョイントコンサートについて)10年以上も前の話なんか持ち出してるが、桑田は覚えてねえよ。当時の長渕なんて売れてねえんだから[注 9]前座は当然だし、ビールかけだって興奮した桑田にはよくある話なんだけどな。(中略)長渕、テメーのファンを味方につけて『桑田の馬鹿野郎』とガンガンやれ。歌のおとしまえは歌で返すのがルールだ。『サーフィンも出来ないのに[注 10]湘南野郎を気取っている[注 11]』なんてイヤミな曲を作ってみろい」「それにしても、永ちゃん(矢沢永吉)は大人だねぇ」とし、長渕の事を歌ったものと断言しながらも、桑田を擁護しているととれる考えを語っている。なお、これ以降も桑田と泉谷はたびたびテレビやイベントなどで共演し、毒舌を交えながらも互いの才能を認め合う発言などをしている。

両者の音楽性に大きな影響を与えた吉田拓郎[注 12]は「ボクは桑田クンのファンとしていえば、桑田クンは何も説明しなくてもいい、謝る必要なんてない」などと桑田の肩を持つ発言を行い、長渕をトーンダウンさせた[26]

長渕の事務所やレコード会社の社長を歴任した後藤由多加は「桑田君のプロデューサーが止めるべき。人のことを歌で言われても」と桑田に対し批判的な考えを示していたと音楽評論家の富澤一誠が証言している[27]

松本人志(ダウンタウン)は長渕剛のファンではないと前置きしながらも、当時の週刊朝日の連載『オフオフダウンタウン』の中で「仕事に対して真剣に取り組んでいる人間は、自分を傷つけられた時に、真剣に怒る事が出来るものだ」と長渕の言動に一定の理解を示すコメントを述べている[28]。なお、桑田と松本の関係が悪化する事は無く、サザン及び桑田と長渕の両者はダウンタウンが司会をしていた『HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP』(フジテレビ)への出演経験が何度かある[29][30]

長渕の逮捕によって騒動が沈静化されてからは、桑田・長渕の両者ともこの騒動に触れることはなくなり、騒動の元となった本曲自体は販売差し止めなどにすることなく、現在も通常通りCDとして製品化されてはいるものの、1994年のツアーを最後にコンサートで演奏をすることは一切なく、「桑田佳祐のやさしい夜遊び」(TOKYO FM)では一度しかオンエアされたことがなく、話題に挙げることもなくなっている。ただし、2012年に発売された桑田の著書『やっぱり、ただの歌詩じゃねえか、こんなもん 桑田佳祐 言の葉大全集』には本曲の歌詞が収録されている[31]

2014年の東京スポーツでは「当時は2人とも血気盛んな時期でしたからね。若気の至り的な部分もある。今はお互い何とも思っていないでしょう」といった音楽関係者とされる人物の発言が掲載されている[32]

桑田のファンを公言しており、親交を持っている平井堅が2014年にカバーアルバム『Ken's Bar III』で長渕のシングル曲「順子」をカバーした際には、「僕と長渕剛さんって、対極というか相当かけはなれたイメージだと思うのですが(中略)そこに僕なりの湿度を投入しました」といったコメントをしている。なお、同アルバムにはサザンの「いとしのエリー」のカバーも収録されている[33]。また、平井のほかにも岩沢厚治(ゆず) [34][35]福山雅治[36][37]桜井和寿(Mr.Children)[36][38]前川清[39]西内まりや[40]マキタスポーツ[41]ファンキー加藤[42]湯川れい子[43][44]遠藤章造(ココリコ)[45][34]瑛太[46][47]長瀬智也(TOKIO)[48][49]鬼龍院翔(ゴールデンボンバー)[50][51]博多華丸(博多華丸・大吉)[52][34]のように桑田と長渕の楽曲・才能・人間性を平等に認めている者も多い。

スージー鈴木はこの論争を「つまらない騒動」と評しており、その理由を「桑田の歌詞の意味を具体的に解釈しようとすることの意味の無さを感じるから」としている[53]

2016年6月6日 - 10日[注 13]に放送された『太田上田』(中京テレビ)の企画「太田上田の意外な交友関係」では、交流がある人物として太田光(爆笑問題)が桑田、上田晋也(くりぃむしちゅー)が長渕の名前を挙げている。ちなみに、同番組では太田と桑田の交友関係を知った上田が「あっ、スゴイねぇ」と述べ、太田も上田の長渕に関するエピソードに爆笑する一幕があった[54][55]

参加ミュージシャン[編集]

収録アルバム[編集]

ミュージック・ビデオ収録作品[編集]

カバー[編集]

祭りのあと

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 2003年6月度までの旧基準。最低累計正味出荷枚数40万枚以上の作品に適用。
  2. ^ 桑田佳祐&Mr.Children名義の「奇跡の地球」は単独名義ではないため除く。
  3. ^ 桑田は1985年の著書『ロックの子』で矢沢が所属していたキャロルの曲を「鼻についちゃったんだよね」と述べていた一方で、アマチュア時代にキャロルのコピーをやっていた逸話があったり[8]自身のラジオ[9]特番でキャロルや矢沢の楽曲を歌唱したり、2012年の全国ツアーで行ったメドレーで「止まらないHa〜Ha」を使用するなど、矢沢の事を意識し才能を認めていた。また、矢沢は1980年代後半から1990年代前半までサザンや桑田の作品に関わっていた小林武史とインタビューをした際に「なんで桑田佳祐には良いファンがいるのに、俺のところにははぐれ者ばっかりくるんだよ」と思っていた時期があった事を明かしている[10]
  4. ^ 長渕は九州産業大学芸術学部中退。桑田は青山学院大学経営学部除籍である。
  5. ^ 事実、サザンの野外ライブでは紙コップや巨大ホースを使って観客席のファンに水をかけるパフォーマンスは恒例になっている[13]
  6. ^ なお、後に桑田は1996年のサザンの年越しライブ「牛」でゲストとして出演した内村光良を興奮して蹴り飛ばし、舞台から突き落とした事がある。数年後に桑田は内村と偶然再会し、初めて一緒に酒を交わした際に、ライブでの一件を内村に謝っていた事が語られている。ちなみに、内村はサザンの大ファンであり桑田に敬意をもっていたため、桑田の謝罪に対し「そんなことをずっと気にしていられたなんて、なんて繊細な方なんだろう」と思った旨を語っている[14]
  7. ^ このシーンは『Acoustic Revolution Live at Nissin Power Station 1991.3.26』『ホタル・カリフォルニア』などの映像作品で見ることが出来る。なお、2000年代以降は一部例外を除き[17][18]こういったパフォーマンスを行わなくなった。
  8. ^ ゴッド」のこと。ただし、泉谷の勘違いでディランを攻撃するために作られた曲ではない。なお、桑田はポール・マッカートニーへの批判が含まれたジョンの楽曲「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ?」にドン引きした過去を持っている事を明かしている[22]。また、桑田はジョンの影響を受けたイメージが強いものの、その一方で「ビートルズは本当はポールが一番好き」とも発言している[23]
  9. ^ 事実、当時の長渕はアルバムはオリコンチャートの上位に何度も上がっていたものの、シングル曲に関してはオリコンチャートの上位に挙がっていた楽曲は「順子/涙のセレナーデ」(1位)のみであった。また、当時のサザンはアルバムチャートでは1980年の『タイニイ・バブルス』以降1位を獲得し続けており、シングルチャートでも何度か上位になった事があるものの1位になった事がなかった。また、サザン及び桑田は事務所やレコード会社を変える事は一回もなく活動を続けているが、長渕は1977年2月25日に「雨の嵐山」でビクター・レコードからデビューしたものの、レコード店を回りキャンペーンを行ったり、デパートの屋上でアイドルの前座として歌わされたり、名前も「ながぶち・ごう」と変えられ、本人の理想とはかけ離れた活動を余儀なくされ、限界を感じた長渕は故郷である九州に帰っており[24]、1978年10月5日に「巡恋歌」で東芝EMIから再デビューした経歴がある。
  10. ^ 今でこそ桑田もサーフィンに興ずるのだが、当時の桑田はまだサーフィンをしていなかった。桑田がサーフィンを始めたのは1996年の事である。そのため泉谷はかねてから桑田を「丘サーファー」「偽サーファー」などと揶揄していた。桑田がサーフィンを始めて以降も泉谷は引き続き同様の発言をしている。
  11. ^ 桑田自身は「湘南」という名称自体に否定的な考えの持ち主である。
  12. ^ なお、桑田は1985年にサザンの楽曲として当時引退を囁かれた吉田に向けて過激な歌詞を並べた「吉田拓郎の唄」を製作している[25]
  13. ^ 当時は平日深夜に放送されていた5分番組であった。

出典[編集]

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