福岡市交通局1000系電車

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福岡市地下鉄1000系電車
Fukuoka-City-Subway-Series1000-10F.jpg
1000N系
加布里駅 - 一貴山駅 2019年1月3日)
基本情報
運用者 福岡市交通局
製造所 近畿車輛川崎重工業日立製作所日本車輌製造東急車輛製造
製造年 1980年 - 1986年
製造数 18編成108両
運用開始 1981年7月26日
投入先 空港線箱崎線
主要諸元
編成 6両編成
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1500V
最高運転速度 85 km/h
設計最高速度 90 km/h
起動加速度 3.3 km/h/s
減速度(常用) 3.5 km/h/s
減速度(非常) 4.0 km/h/s
編成定員 854人
車両定員 146人(先頭車135人)
編成重量 224t(09編成 - 18編成は222.4t)
全長 20,000 mm (先頭車 20,500 mm)
全幅 2,860 mm
全高 最高 4,135 mm
主電動機 直流直巻電動機(登場当初)
かご形三相誘導電動機
主電動機出力 150 kW
駆動方式 中空軸平行カルダン駆動方式(1000系)
WN駆動方式(1000N系)
制御方式 電機子チョッパ制御(1000系)
IGBT素子VVVFインバータ制御(1000N系)
制動装置 回生ブレーキ併用電気演算形電気指令式ブレーキ
保安装置 ATCATO(地下鉄線内)、ATS-SK(JR筑肥線内)
備考 更新車は1000N系に改称
Wikipedia laurier W.png
第22回(1982年
ローレル賞受賞車両

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更新工事前(姪浜駅にて)

福岡市交通局1000系電車(ふくおかしこうつうきょく1000けいでんしゃ)は、福岡市交通局(福岡市地下鉄)空港線箱崎線用の通勤形電車である。

概要[編集]

地下鉄車両としては日本初となるワンマン運転対応車両として、1981年昭和56年)7月26日の1号線(当時)天神駅 - 室見駅間開業に合わせて導入された。

日本国有鉄道(現・九州旅客鉄道筑肥線への直通運転にも使用することから、本車両の設計には国鉄車両設計事務所が大きく関与しており[1]、主要機器類や内装の設計は当時国鉄の最新鋭通勤形電車であった201系に準じている。

1982年(昭和57年)の鉄道友の会第22回ローレル賞受賞。

車両構造[編集]

車体[編集]

海岸近くに敷設されている筑肥線を走行する運用条件を考慮して、骨組みは普通鋼製だが外板をステンレス製としたセミステンレス車体である。車体側面はビードプレス加工され、コルゲート(波形加工)と比べすっきりとした外板となっている。車体は無塗装であるが、玄界灘をイメージした白と青のストライプを配している。

筑肥線と相互直通運転を行うことから国鉄・JRの通勤形電車とほぼ同一規格であり、全長20 m(先頭車は20.5 m)で片側4扉構造である。窓は扉間が2分割、車端寄りが1枚窓である。

先頭部には非常用扉を持ち、扉部分には落成当初縦長の窓が配されたが、ワンマン運転対応に際して小型の正方形のものに交換された。

台車・機器[編集]

台車は201系に採用されているDT46系台車と似た構造のFDT-1という車体直結空気ばね台車[注釈 1]である。空気ばねは住友金属工業製のダイヤフラム式であるが、台車枠は車両メーカーで作られた。

制御方式は電機子チョッパ制御を採用した。

集電装置は下枠交差式パンタグラフで、1100形に2基搭載する。

新製当初の床下機器配置は、信号保安関連機器とブレーキ作用装置を除いて国鉄201系電車のそれと酷似していたが、機器箱はステンレス無塗装であった。

主電動機以外のすべての回転機のブラシレス化を目指し、日本で初めて空気圧縮機電動機を誘導電動機とした[2]が、その起動には、当時の技術では大容量の電磁接触器に適切なものが得られなかったために電空接触器を使用したので、蓄電池を電源とする補助空気圧縮機を別に有していた。

運転装置としてATOを備え、1984年(昭和59年)1月20日には日本の地下鉄では初めて営業列車でのワンマン運転が開始された。筑肥線内での車掌乗務時に対応するため、運転室には手動運転用のマスコンブレーキハンドル、ATS-SK車掌スイッチなど車掌用機器も備えている。

ワンマン運転時のドアの開閉は運転台のドアスイッチで行う。当初は地下鉄用のスイッチのみであったが、2021年3月13日からの姪浜駅 - 筑前前原駅間の手動ワンマン運転化およびホームドアの運用開始に対応するため、JR用のスイッチが別に設置された(2000系およびJR九州303系305系も同様)。

車内設備[編集]

1000系車内

座席はすべてロングシートである。内装材全般において、暖色系の材料が使用され、妻面と座席袖仕切りは木目調の化粧板で、側面壁はクリーム系の化粧板張りである。車椅子スペースは1982年に落成した車両から採用されている。

製造当初より冷房装置を搭載している。屋根上に集約分散式冷房装置を4台備え、ラインデリアにより冷風を撹拌する。また弱冷房も可能である。

LED式の車内案内表示装置と路線図がセットで左右交互のドア上部に設置されている。車内案内表示装置は地下鉄線内のみで使用される。

JR車とは異なりトイレ設備はない。

編成[編集]

先頭車を制御車(Tc)、中間車を電動車(M)としたMT比4M2Tの6両編成を組む。下り(姪浜)方から1500形(奇数) - 1000形(奇数) - 1100形(奇数) - 1000形(偶数) - 1100形(偶数) - 1500形(偶数)の編成である。車両番号の下2桁は、ユニット毎に揃えられている。

 
号車 1 2 3 4 5 6  
形式 1500N形 1000N形 1100N形 1000N形 1100N形 1500N形
区分 Tc M1 M'1 M2 M'2 T'c VVVF
01編成 1501 1001 1101 1002 1102 1502 3レベル
02編成 1503 1003 1103 1004 1104 1504 3レベル
03編成 1505 1005 1105 1006 1106 1506 3レベル
04編成 1507 1007 1107 1008 1108 1508 3レベル
05編成 1509 1009 1109 1010 1110 1510 3レベル
06編成 1511 1011 1111 1012 1112 1512 3レベル
07編成 1513 1013 1113 1014 1114 1514 3レベル
08編成 1515 1015 1115 1016 1116 1516 3レベル
09編成 1517 1017 1117 1018 1118 1518 2レベル
10編成 1519 1019 1119 1020 1120 1520 2レベル
11編成 1521 1021 1121 1022 1122 1522 2レベル
12編成 1523 1023 1123 1024 1124 1524 2レベル
13編成 1525 1025 1125 1026 1126 1526 2レベル
14編成 1527 1027 1127 1028 1128 1528 2レベル
15編成 1529 1029 1129 1030 1130 1530 2レベル
16編成 1531 1031 1131 1032 1132 1532 2レベル
17編成 1533 1033 1133 1034 1134 1534 2レベル
18編成 1535 1035 1135 1036 1136 1536 2レベル
搭載機器 ATC/ATO VVVF MG/CP VVVF MG/CP ATC  
備考       弱冷房車      
自重 34.0t 37.5t(3レベル)
36.7t(2レベル)
40.5t 37.5t(3レベル)
36.7t(2レベル)
40.5t 34.0t  
定員 135 146 146 146 146 135  

リニューアル[編集]

本系列の製造開始後15年以上が経過した1996年頃になると機器や内装の経年劣化が見られるようになり、ステンレス化されていない客室の床材や、化粧板の浮き上がり、開口窓枠の腐食なども目に付くようになった。同様に、電機子チョッパ制御のスイッチング素子の老朽化、主電動機フラッシュオーバーなどが発生し始めたため、保守内容の見直しを迫られた。結果的に、経年劣化の程度が保守の限界を超える前に、何らかの対策が必要であると判断された[3]

さらに、車体の劣化調査を実施したところ、セミステンレス車体の内部鋼材に腐食が進行しており、車体についても、大規模な修繕が必要であることが判明した。そのため福岡市交通局は、まず車両の寿命をどの程度まで伸ばすことができるかを研究し、今後20年くらい使用可能とするための技術的な対策、低コストの更新方法など、様々な角度から比較・検討をした結果、この段階で車体の一部更新を実施し、併せて制御方式を電機子チョッパ制御からVVVFインバータ制御に変更することによって車両をできるだけ長く使用することが経済的にも有効で、最も優位な方法であるとの結論に達した[3]

以上のような経緯により、1997年度から2004年度にかけてリニューアル工事を全編成に施した。この改造を受けた編成は、1000N系に系列・形式変更された。ただし、車両番号の変更および改造銘板の貼付はされていない。

主な改造内容を以下に記す。

外観・機能面の変更点[3]

前面は貫通扉のガラスを落成当初と同じ縦長のものに交換し、両端の平面ガラスは曲面ガラスに変更した(その後、平面ガラスに再改造)。また、騒音対策で側窓は固定化された。車体は腐食した箇所の鋼材をステンレス化し、戸袋部の骨組を改修した。行先表示器は3色LEDに、車側表示灯はLEDに変更した。車両間には転落防止幌を新設した。

制御方式はIGBT素子によるVVVFインバータに改められ、制御装置や周辺機器は2000系との互換性が考慮された。主回路は故障時の制御開放単位を主電動機4台(1C4M×2群)とすることでシステムの冗長性を確保し、ゲート制御部には各ユニットごとに自己診断装置を搭載した。2000年(平成12年)までに施工された編成(01 - 08編成)は、制御装置の素子日立製作所製3レベルIGBT(VFI-HR1815A、2000V/375A、2000系24編成同樣)であったが、2001年(平成13年)以降に施工された編成(09 - 18編成)は全電気ブレーキ付日立製2レベルIGBTとなっている。

また、ブレーキ受量器をデジタル演算式に変更し、遅れ込め制御を追加した。緩衝器も変更され、停止時のショックを改善した。

客室設備の変更点[3]

車内は化粧板を交換し、床材は塗装仕上げに変更された。日除けは清掃の容易化からガラス繊維となり、扉のガラスは接着式複層ガラスとした。また、引き込まれ防止のため戸袋口に硬質ゴムを設けた。座席は詰め物の交換やモケットの張替えが行われた。車内床の主電動機点検蓋は電動機の変更で床材で塞ぎ、車両間渡り板とともにフラットな構造とした。また、車端部には移動制約者対応として車椅子スペースを整備している。

製造・運用[編集]

1981年(昭和56年)の開業時に01 - 08編成(近畿車輛製)が製造され、1982年(昭和57年)の筑肥線との相互乗り入れ開始にあわせて09 - 15編成(川崎重工業製)が製造された。その後、路線延長に伴い1984年(昭和59年)に16編成(日本車輌製造製)・1985年(昭和60年)に17編成(東急車輛製造製)・1986年(昭和61年)に18編成(日立製作所製)が製造され、2015年(平成27年)現在は18編成108両体制となっている。このうち11編成(1521編成)は1985年8月7日に筑肥線姪浜駅 - 今宿駅[注釈 2]踏切で大型トレーラートラックと衝突し、大破した上り方先頭車の1522が廃車となり、翌1986年に2代目の1522が新製されて編成復旧された。11編成の3号車から5号車の側面には事故の衝撃で生じた外板の変形が現在も残っているほか、損傷の激しかった部分を切り継ぎした痕跡も見られる。

全編成が姪浜車両基地に配属され、地下鉄空港線・箱崎線全線および筑肥線姪浜駅 - 筑前前原駅間で運用されている。

その他[編集]

かつて前面運転台窓下に、福岡市をホームタウンとする日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のクラブチーム・アビスパ福岡を応援する目的で「がんばれアビスパ福岡」と表記されたステッカーを貼付していたが、同クラブチームが2001年のシーズン終了後にJ2に降格した時点で撤去された。その後2005年(平成17年)2月に七隈線が開業してから約1か月間、「七隈線開業」と表記されたステッカーが貼付された。

今後の予定[編集]

車両置き換え[編集]

2018年11月20日に開催された第3回福岡市地下鉄経営戦略懇話会の説明資料[4]において、当系列の後継車両による置き換えが明記された。

本系列が今後製造から40年を迎えることから、2023年度から2027年度にかけて本系列の車両更新、及びその経費として192億円の投資が計画されている。 また後継車両については、適切な置き換えの時期や車両の仕様等について検討を行い、安全性、快適性、経済性等の観点から計画的に車両更新を進めるとしている。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 軸箱部の支持は近畿日本鉄道などと同様のシュリーレン方式。
  2. ^ 当時下山門駅は開業前。

出典[編集]

  1. ^ 鉄道ジャーナル』1983年6月号 p.74
  2. ^ 鉄道ファン』1980年8月号、交友社、1980年。
  3. ^ a b c d 末松栄(福岡市交通局)「福岡市1000系車両の更新概要(1000N系化)」、『R&M : Rolling stock & machinery』1998年12月号、日本鉄道車両機械技術協会、4 - 8頁。
  4. ^ 【資料1】経営戦略の原案について第3回 福岡市地下鉄経営戦略懇話会の説明資料、福岡市地下鉄ホームページより(日付不詳、2019年4月20日閲覧)