秋元義孝

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秋元 義孝(あきもと よしたか、1953年1月1日[1] - )は、日本の元外交官。2015年5月から第14代宮内庁式部官長

在ロシア日本国大使館公使、外務省アフリカ審議官儀典長、駐オーストラリア特命全権大使などを歴任した。

経歴[編集]

東京都出身。東京教育大学附属駒場高等学校卒業[2]

人物像[編集]

専門はロシアと経済協力の2つ[3]。外務省では入省した時点で専門の外国語を決められるが、秋元の場合はロシア語だった[3]。そのために若いころからソ連・ロシア関係に長く携わってきており、モスクワには3回、合計9年間勤務した[3]

自身のパーソナリティーについて、秋元によれば「ひと言で表現する上手い言葉が見つかりません。自分の性格はよく分かりませんが、極めて合理主義的な面と恩義を大切にする古風な面とが複雑に共存しているのでないでしょうか。」という[3]

座右の銘は「人間万事塞翁が馬」[3]。秋元によれば「人生は、何が最終的に福か禍かは誰にも判らないという故事です。だから、成功している時も奢らず、失敗した時も落ち込まず、という風に自分なりに理解しています。自分のこれまでの人生の中でいろいろな経験を積み重ねていくうちに、自然にこのようなことを会得したように思います。自分の娘たちが落ち込んでいる時なども、よく言って聞かせましたから、今では我が家の家訓になっています。」という[3]

家族・親族[編集]

秋元家[編集]

東京都

フジテレビアナウンサーの秋元優里と、テレビ東京アナウンサーの秋元玲奈は娘。優里の前夫はフジテレビアナウンサーの生田竜聖(竜聖の兄は俳優、タレントの生田斗真)。秋元は優里と生田竜聖の結婚に当初反対したとされる[5]。玲奈の夫の父は元フォーミュラ1ドライバーの鈴木亜久里[6]

略系図[編集]

 
 
 
 
秋元義孝
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
秋元玲奈
 
秋元優里
 
 
生田竜聖
 
 
生田斗真
 
 

入省同期[編集]

脚註[編集]

先代:
河相周夫
宮内庁式部官長
2015年 -
次代:
-