秋元肇 (野球)

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秋元 肇
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大分県
生年月日 (1946-10-20) 1946年10月20日(73歳)
身長
体重
185 cm
79 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1965年
初出場 1967年9月17日
最終出場 1967年9月17日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

秋元 肇(あきもと はじめ、1946年10月20日 - )は、大分県出身[1]の元プロ野球選手投手)。

来歴・人物[編集]

中津東高校では、エースとして1963年秋季九州大会に進むが、準々決勝で日南高に逆転負け。1964年夏の甲子園予選中九州大会でも準決勝に進出するが、八代東高池田純一らに抑えられ敗退。

1965年中日ドラゴンズに入団。1967年に一軍昇格を果たすが、9月17日の対広島カープ戦(中日球場)で偵察要員として名を連ねたのみで[2]、投手としての登板はなく、1968年に引退した[1]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]

  • 一軍公式戦登板なし

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1967 中日 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----
通算:1年 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----

背番号[編集]

  • 57 (1965年)
  • 45 (1966年 - 1968年)

脚注[編集]

  1. ^ a b プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、8ページ
  2. ^ 広島の先発投手は右の西川克弘だったが、西沢道夫監督は1回表に秋元に代えて右打者の葛城隆雄を左翼手の守備に送り、四番打者、左翼手で先発出場させた江藤慎一の守備位置を一塁手に変更した。

関連項目[編集]