秋月種徳

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秋月種徳
時代 江戸時代後期
生誕 宝暦13年8月18日1763年9月25日
死没 文化4年12月21日1808年1月18日
別名 黒帽子(幼名)、兵部(通称
戒名 泰雲院殿 前城州大守実山宗真大居士
墓所 東京都港区南麻布の光林寺
官位 従五位下、山城
幕府 江戸幕府
主君 徳川家斉家慶
日向高鍋藩
氏族 秋月氏
父母 父:秋月種茂、母:盈子(松平明矩の娘)
兄弟 種徳、ケイ(山田重礼室)、黒田長舒、チセ(中村道義室)、岩次郎、常三郎、種備、松五郎
正室:誠子亀井矩貞の娘)
継室:安子戸田光和の娘)
側室:岩崎氏の娘
黒帽子(早世)、ヨシ(板倉勝尚室)、種任、テル(一柳頼親室)、種堅

秋月 種徳(あきづき たねのり)は、日向高鍋藩の第8代藩主。第7代藩主・秋月種茂の長男。母は越前松平明矩の娘・盈子。正室は亀井矩貞の娘・誠子。継室は戸田光和の娘・安子。側室に岩崎氏。

生涯[編集]

天明8年(1788年)11月6日、父の隠居により跡を継ぐ。しかし生来から病弱で、藩政の実権も父に握られていたために主体性がなかった。文化4年(1807年)12月21日、父親に先立って45歳で死去し、跡を次男・種任が継いだ。法号は泰雲院殿実崇真大居士。墓所は東京都港区南麻布の光林寺。