秋田総合車両センター
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秋田総合車両センター | |
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![]() 秋田総合車両センター | |
基本情報 | |
鉄道事業者 | 東日本旅客鉄道 |
帰属組織 | 秋田支社 |
整備済み車両略号 | 秋田総合車セ、AT |
備考 | 2009年4月現在のデータ |
秋田総合車両センター(あきたそうごうしゃりょうセンター)は、奥羽本線秋田 - 土崎間の秋田県秋田市土崎港東三丁目に存在する東日本旅客鉄道(JR東日本)秋田支社管轄の車両工場である。
概要[編集]
旧称は土崎工場[1]。(土崎工・TZ)
2004年、現名称に改称。秋田車両センターと名称が似ているために混同されやすいが、別組織である。
旧・日本国有鉄道時代から各種車両の製造・改造・整備・廃車解体を行っているが、JR東日本所属の電気機関車の検査[2]、動力用ディーゼルエンジンの整備[3]は当センターのみで実施する。
また、駅に配備されているステンレス製ごみ入れの製造や、日本国外からの研修生の受け入れも行っている。
毎年一回(例年10月≪最近は8月≫)にセンター内を一般公開している。
入場している車両の展示(2010年公開ではキハ48くまげら増結改造、209系房総転用改造、直流機関車EF60、キヤE193系を使用した吊り上げ実演など)、エンジンなど部品職場の公開、ミニSL運転など。公開日には社員食堂 (NRE) も営業する。
2008年に大宮総合車両センターが車両の配置を開始(東大宮センターに配置)して以降、JR東日本で車両配置がない総合車両センターは当センターが唯一となった。
整備済みの車体に記される略号[編集]
- 「AT」・「秋田総合車セ」
当総合車両センターの特徴として、台車ブレーキシリンダー部分に、検査年月日とATが手書きで記入される[要出典]。年・月のみならず日まで書き込む車両工場としては、他に日本貨物鉄道(JR貨物)広島車両所が知られる。
歴史[編集]
- 1908年(明治41年)
- 5月 - 帝国鉄道庁土崎鉄工場として業務開始。
- 12月5日 - 鉄道院の所管となる。
- 1920年(大正9年)5月15日 - 鉄道省の所管となる。
- 1942年(昭和17年)9月1日 - 土崎工機部に改称。
- 1943年(昭和18年)11月1日 - 運輸通信省の所管となる。
- 1945年(昭和20年)5月19日 - 運輸省の所管となる。
- 1949年(昭和24年)6月1日 - 日本国有鉄道の所管となる。
- 1952年(昭和25年)8月1日 - 土崎工場に改称。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道に移管。
- 2000年(平成12年)12月22日 - ISO 9001認証取得。
- 2004年(平成16年)4月1日 - 秋田総合車両センターに改称。
製造された車両[編集]
本センターでは土崎工場時代より車両の製造実績がある。
- 土崎工場
- D51形蒸気機関車
- 9両が製造された。土崎工場(当時)1号機 (D51 232) は大森山公園に静態保存されている。
- 701系
- 0番台2連4本、100番台全車(2連5本3連1本)、1000番台2連17本、1500番台2連1本、5000番台2連4本、5500番台2連6本の計77両を新製しているほか、1000番台1033編成の浸水復旧に伴う1500番台化(1508編成)も実施している。
- E127系
- 100番台2両編成2本の計4両が製造された。
701系の製造業務は本工場において、52年ぶりとなる車両製造である[4]。ただし、川崎重工業で製作した構体を本工場まで甲種車両輸送により搬入し、艤装・内装等を本工場で実施したノックダウン生産[5]である。E127系もノックダウン生産である[5]。
- 秋田総合車両センター
保存車両[編集]
脚注[編集]
参考文献[編集]
- 交友社「電車」1993年6月号「701系電車を新造して」(金谷 剛 JR東日本秋田支社土崎工場設計技術科助役)
- JR東日本秋田支社土崎工場「土崎工場90年のあゆみ 1908-1998」
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 秋田総合車両センター〜車両が生まれかわるまで〜 - YouTube JR東日本公式チャンネル
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