種子島空港 (初代)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
種子島空港
管制塔とターミナルビル(2006年)
管制塔とターミナルビル(2006年)
IATA: TNE - ICAO: RJFG
概要
国・地域 日本の旗 日本
所在地 鹿児島県種子島
種類 第三種空港
開港 1962年7月27日
閉鎖 2006年3月15日
ターミナル 1
座標 北緯30度32分38秒 東経130度57分17秒 / 北緯30.54389度 東経130.95472度 / 30.54389; 130.95472座標: 北緯30度32分38秒 東経130度57分17秒 / 北緯30.54389度 東経130.95472度 / 30.54389; 130.95472
地図
種子島空港 (初代)の位置
種子島空港 (初代)の位置
TNE
種子島空港 (初代)の位置
滑走路
方向 長さ×幅 (m) 表面
13/31 1500×45 舗装
リスト
空港の一覧
テンプレートを表示
種子島空港 (初代)の位置
種子島空港(初代)付近の空中写真。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。1977年撮影の4枚を合成作成。

種子島空港(たねがしまくうこう)は鹿児島県熊毛郡中種子町種子島)に存在した第三種空港である。2006年3月16日に廃止された。

概要[編集]

鹿児島県熊毛郡中種子町野間に所在していた。供用廃止直前には、滑走路は1,500×45mで、大阪国際空港及び鹿児島空港への路線が存在していた。

当空港から約8km北の中種子町砂中に新たな種子島空港が2006年3月16日に「コスモポート種子島」の愛称で開港し、当空港は同日に供用廃止となった。新海誠監督のアニメーション映画秒速5センチメートルのコスモナウトに当空港が登場した。2018年現在、管制塔が取り壊された以外はそのままで、ターミナル建物は廃墟とまではならずも、電気設備会社の資材置き場倉庫となっている[1]

滑走路の跡地を利用して、自衛隊や米軍の演習が行われている[2][3][4][5]

歴史[編集]

  • 1958年昭和33年)12月16日 - 空港設置許可。
  • 1962年(昭和37年)7月27日 - 供用開始。
  • 1973年(昭和48年)5月19日 - 滑走路を1,100mから1,500mへ延長。
  • 2006年平成18年)3月16日 - 新たな種子島空港が開港し、当空港の供用廃止。

施設[編集]

チケット受付、及び、手荷物カウンター、待合所、土産物品店、コロンビアと言う喫茶・食堂が併設されていた。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『空港をゆく』 イカロス出版〈イカロスMOOK〉、2013年12月ISBN 978-4863207912。
  2. ^ “日米で離島奪還訓練を実施=旧種子島空港跡地-陸自”. 時事ドットコム. 時事通信社. (2018年10月14日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2018101400226 2018年12月10日閲覧。 
  3. ^ “陸自の水陸機動団、米海兵隊と共同訓練 種子島”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社. (2018年10月14日). https://digital.asahi.com/articles/ASLBG5K0LLBGTOLB00H.html 2018年12月10日閲覧。 
  4. ^ “日米:水陸共同訓練実施へ 離島奪回を想定”. デジタル毎日. 毎日新聞社. (2018年10月1日). http://mainichi.jp/articles/20181002/k00/00m/030/175000c 2018年12月10日閲覧。 
  5. ^ “離島奪還、緊迫の銃撃戦 陸自・米海兵隊共同訓練ルポ”. 日本経済新聞電子版. 日本経済新聞社. (2018年10月19日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36587700X11C18A0ACYZ00/ 2018年12月10日閲覧。 

関連項目[編集]