積極的差別是正措置

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積極的差別是正措置(せっきょくてきさべつぜせいそち)はアファーマティブ・アクション(Affirmative action)の訳語の一つで、差別の結果に対する是正として行われる措置及びそれに類することを言う。

目次

概説

アファーマティブ・アクションは、広義には構造的に自己保存する差別を解消するために特定の民族あるいは階級に対して優遇措置を制度上採用する方策である。これには貧困層の階級出身の学生に対する生活援助や奨学金などの制度が各国で広く採用されている。またこれは機会の不平等の是正として特に問題とされていない。

この制度が代表的に採用されているアメリカ、インド、マレーシアや南アフリカにおいては政府機関の就職採用や政府教育機関(特に大学)の入学において被差別人種とされる黒人やヒスパニック系の人種(白人のヒスパニック系は除く)、あるいは被差別カーストのためにこれらの民族にだけは採用基準を下げる、あるいは全採用の人数枠においてそれらの民族やカーストからの最低の人数枠を制度上固定する措置がとられている。

積極的差別是正措置は「不当」な社会的或いは経済的格差が確固として存在している時、特定の制度の採用の機会を平等にしてもこれまでの社会的あるいは経済的格差に由来して実質的には機会に差を生じ、格差が是正されないとの考えによる。

アファーマティブ・アクションの実施への是非、その効果については賛否両論がある。

肯定派

肯定派は、アファーマティブ・アクションは実効的な意味での機会を平等にすると考える。

例えば、ある特定の民族に属する人々に対して政治、経済上の差別が制度的、歴史的に存在し、その特定民族が階級的に下層に位置するためその民族からの学生の平均の学力が低く、高等教育進学率が著しく低かったとする。差別措置肯定派はこれにより学歴が低いために専門的な職に就くことは難しくなり、世帯の収入の差を生み、子女の基礎的な教育機会の差にも繋がり、次世代における進学率の差を再生産されていると主張する。アファーマティブ・アクションとは、このような自己保存的な問題を解消し差別されてきた人々の社会的地位の向上を図るために、入学基準や雇用の採用基準で積極的な優遇措置をとることをいう。上の例では、その民族の生徒を高等教育に受け入れるための成績に関わらず、特別枠を設けたり、入学試験において点数のかさ上げを行ったりすることで彼らの進学率を向上させる。これにより長期的には差別構造そのものが消滅し、最終的にこの措置を必要としないまでに改善すると期待できると肯定派は主張する。

また、否定派が主張するような逆差別の問題は制度を注意深く設計することで許容可能な範囲に留まると考える。

否定派

否定派は、アファーマティブ・アクションがもたらす逆差別の弊害を深刻に捉える。

弱者のための優遇を行うとき、入学・就職枠が無限にあるわけでないのでこの優遇措置が大規模に行われれば当然この優遇措置を受けられないものに対する逆差別となる。アファーマティブ・アクションにおいては進学率あるいは就職率などその手段としてまず結果における数の平等を求めているので、場合によっては競争の不公平という弊害が無視できないほどに大きくなる危険性がある。また、生活補助などの政策と違い「積極的」差別是正措置は機会の平等を逆転させるものであり平等の理念に背くという批判も存在する。

アメリカでこの政策の批判として黒人の経済学者であるトーマス・ソエル著の『世界の積極的是正措置:実証研究』がある。アメリカだけでなくマレーシア、スリランカ、ナイジェリア、インドの政策を分析した結果彼の出した結論は

五カ国の優遇政策の共通する結果として

  • 優遇対象でないグループによる優遇対象獲得の政治活動を誘発する。(例:インドの下の中のカーストが下の下のカーストと同じ優遇措置を勝ち取ろうとする。これが与えられた場合次の一ランク上のカーストが同じ特権を要求する。)
  • 優遇対象グループのうちでもっとも恵まれているもの(例:黒人の中・上流階級)が非優遇対象グループのうちで最も恵まれていないもの(例:白人の貧民層の勤勉な学生)を犠牲とする形で制度の恩恵をこうむる傾向にある。
  • 優遇対象側は努力する必要が無くなり非優遇対象側は努力しても仕方がないとなり両方の向上心が削がれる。よって社会全体で競争の阻害となる。
  • 制度によって優遇対象群と非優遇対象群の対立が深まる。アメリカの例をあげれば白人の貧民層の黒人に対する憎悪を増幅させるだけでなく、優遇措置と無関係の黒人の貧民層と黒人の中・上流階層の対立を深める傾向にある。

特にアメリカにおいての記述では 「積極的是正措置が黒人を貧困からすくい上げたといえるのだろうか。積極的是正措置の導入以前に黒人の貧困は半減されたのに導入以後は殆ど変わっていない。」 「積極的是正措置がないと黒人は大学や短大に入学できないといえるのだろうか。積極的是正措置がカリフォルニアで廃止された後、カリフォルニア大の黒人の生徒の数は増加した。」 「積極的是正措置が無ければ競争率の低い学校に入学し、優良な成績で卒業できたのにマイノリティの生徒は人種優遇制度のために学力に不相応な学校に送られ、他の同学校の生徒と比べて落ちこぼれる、あるいは落第する憂き目に遭う可能性が高い。」 「一流の大学が二流の大学向けの学力しかない黒人の学生を吸い上げればそのぶん二流の大学は三流の大学向けの学力しかない黒人の学生を入学させなければならない。このプロセスは最高学府から最低学府まで続き、すべての学府のレベルで黒人の生徒の学力と学府教育レベルの不適応がおこる。」 最近の問題としてカリフォルニアの司法試験では受験生の出身校および人種を記録していたので、難関法科大学院に優遇措置で入学させてもらえた少数民族が法科大学院の目的である司法試験にどれだけの割合で合格しているのかという情報を明確に統計的に検証できる重要な情報源である。優遇措置に反対する学者が情報公開を求めたところ、個人情報の保護を理由にその公開が拒否されている。しかし、別の学者にはその情報を公開しており、その対応が問題になった。現在裁判で争われている。もし情報が公開された上で優遇措置のおかげで難関の法科大学院に入学させてもらったものが司法試験で最終的に挫折という結果が出れば、優遇措置無用論に有利であると考えられている。

各国の事例

アメリカ合衆国

アメリカ合衆国では黒人やラテン系の平均の学力が低いために進学率が低いことを是正するために大学において一定枠の確保(理想としては黒人の全人口に対する割合と同一の合格確保)が行われている。差別が論拠とされるが非白人で被差別民族であるはずのアジア系(東洋系およびインド系)の人種は成績が全体として高いためにこの優遇措置を受けることができない。またアメリカの大学の入試においては課外活動での活躍が評価され、この分野では総じて白人が有利とされる。よって成績が平均的に優秀であるアジア系が大学入学においての不利とされる。ちなみに課外活動がアメリカの大学の入学審査で考慮されることになったもともとの理由は1920年代に遡り、学力で白人より優秀であったユダヤ人の入学数を有名大学で制限するためであった。この場合は実際の課外活動の内容に関係なく人為的にユダヤ人の点数を下げていた。現在ではこのような人為的な人種別の点数操作はなくなったが、結果として学問に熱心なアジア系の学生に対するハンディとなっている。また最高学府であるはずの大学の入学審査に課外活動が審査基準の一部であることの正当性も問われている。

アメリカの大学入試競争においてはゴールラインが人種枠ごとに別々に引かれてあり東洋系は他人種以上に成績をあげることが必要となる。別にアジア人であるから生まれつき頭がいいなどの科学的事実があるわけでなく成績はあくまで個人の努力の反映であるので、アジア系の人種は特には個々人の事情に関わらず人一倍努力が制度上義務付けられているという逆に差別的な実態が生じている。特にフィリピンやベトナム系のアメリカ人は社会的にも不利な境遇の出身者であることが多く、白人の貧困層出身者と同じで彼らの立場改善に大きな妨げになっていると指摘されている。

プリンストン大学の社会学者のThomas J. EspenshadeとChang Y. Chungの調査によるとアイビーリーグ大学の入学審査における学力以外での基準によるSAT (大学進学適性試験)の修正点は白人をゼロとすると

  • 黒人: +230
  • ラテン系: +185
  • アジア系(東洋系、インド系、東南アジア系): –50
  • スポーツ特待生: +200
  • レガシー (元卒業生の子弟および大学への献金者): +160

(on the old 1600-point scale): Study (PDF)となっている。

最近のカリフォルニア州では州立大学の入学審査で住民投票で積極的差別是正措置の適用を禁じる法律が住民投票により採択された。結果として、これらの州立大学(私立は関係なし)で白人の新入生の数は大して変わらなかったが黒人の入学率が下がりアジア系の入学率が上がる結果となった。

マレーシア

マレーシアではマレー人が華人に対して経済的に低水準であることを解消するため、マハティール政権の下、大学進学や公務員採用でのマレー人優遇、会社役員・管理職へのマレー人登用義務づけなどの措置(ブミプトラ政策)が行われてきた。結果として経済的格差は縮小したが、消滅することはなかった。大学生の知的水準の低下をもたらしたとの批判もある。マハティール首相は辞任に際して「何を行ってもマレー人を変えることはできなかった」と述べた。

日本

制度・構造上のアファーマティブ・アクションの例としては、ごく一部ではあるが、大学入試や公務員の採用において女性優遇入試(女子特別枠)や女性優遇採用(千葉県大阪府名古屋大学東横インTOTOなど)がなされていることがある。ただし学校の教師の採用審査においては女性が筆記試験では男子より圧倒的に高得点であるので、面接試験などで調整を行って男子の採用率が上げられているといわれている。

補助措置としては明治時代の1899年に松前藩によって弱者となっていた北海道の先住民であるアイヌを救済し保護するとの名目で北海道旧土人保護法が制定された。これは和人アイヌとの間の格差を是正し、「同じ日本人」となるような同化政策を行っていくために制定された法律であった。1997年にアイヌ文化振興法の成立に伴い廃止となった。

部落差別における同和対策事業特別措置法(1969年7月10日施行1978年11月13日法律第102号で改正、1982年3月31日失効、1982年3月31日から1986年3月31日まで有効の法律第16号地域改善対策特別措置法、地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律1987年3月31日法律第22号に引き継がれた)などがこれに類すると考えられる。

障害者については、「障害者雇用枠」が一般募集枠と別に存在し、障害者の雇用の促進等に関する法律に基づく義務雇用率が定められている(50人以上雇用している社・団体について1.8または2パーセント)。

法的議論

アメリカにおけるアファーマティブ・アクションで有名な判決はBakke判決、Weber判決、Paradise判決などで、それぞれ教育、職業訓練、昇進に関する判決である。最も直近のアファーマティブ・アクション審理はミシガン大学の入学試験における人種割り当てに関する問題であり、ジョージ・W・ブッシュ大統領はこれを違憲とみなしている。基本的に人員割り当ては違憲であると最高裁で決定されたが優遇措置(成績の引き上げ)は違憲ではないとされた。すべての最高裁判事がアファーマティブ・アクションを逆差別でアメリカ憲法修正14条の違反であると認めたが、違憲の審議において優遇措置の「公共の利益」にたいする判断で判事の判断が分かれ、結果として5対4の僅差で合憲とみなされた。しかしブッシュ政権においてこの裁判で合憲判断を下した二人の判事が引退し保守派とみなされる判事が変わりに就任したため今後の最高裁の判断が注目されている。

職場での意識

日経BP社が2007年に行った調査によると、「仕事をするうえで男(女)であることは得?損?」という質問に関し、

「とても得」と回答した男性は10%、女性は1%
「どちらかというと得」と回答した男性は52%、女性は19%
「損でも得でもない」と回答した男性は35%、女性は43%
「どちらかというと損」と回答した男性は3%、女性は34%
「とても損」と回答した男性は0%、女性は3%

であり、男性の62%は男性のほうが得であると考えている傾向にある一方で、37%の女性が損であると考えていることがわかった。[1]

関連項目

脚注

  1. ^ 日経ビジネスAssocie(日経BP社)2007年6月19日号

今日は何の日(4月26日

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