窪田四郎

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窪田 四郎(くぼた しろう、1873年5月25日 - 1944年9月14日)は、日本の実業家

茨城県生まれ。実業家の内田信也は実弟。1896年高等商業学校(現一橋大学)卒業、三井物産入社。1907年堺セルロイド(現ダイセル専務取締役。1910年北海道炭礦汽船幹事。1913年波佐見鉱業専務取締役。1914年窪田事務所を設立し、南洋諸島との貿易に従事。1918年富士製紙(後の王子製紙)社長。早川電力社長[1]、日魯漁業(現マルハニチロ)社長などを歴任。1927年東京米穀商品取引所理事長[2]

脚注[編集]

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  1. ^ 「窪田四郞 (男性)」人事興信録データベース(名古屋大学)
  2. ^ 東京米穀取引所『東京米穀取引所史』(2003.03)渋沢社史データベース


先代:
原六郎
富士製紙社長
1918年 - 1919年
次代:
大川平三郎
先代:
設立
朝日海上保険社長
1918年 - 1920年
次代:
楢崎猪太郎
先代:
設立
早川電力社長
1918年 - 1924年
次代:
松永安左エ門
先代:
指田義雄
東京米穀商品取引所理事長
1927年 - 1928年
次代:
三浦大五郎