竹内敏信

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 竹内 敏信
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1943-06-21) 1943年6月21日(75歳)
出身地 愛知県額田郡宮崎村(現・岡崎市
最終学歴 名城大学理工学部
公式サイト 写真家 竹内敏信 オフィシャルサイト
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竹内 敏信(たけうち としのぶ、1943年6月21日[1] - )は、日本写真家日本写真芸術専門学校校長[2]

来歴・人物[編集]

愛知県額田郡宮崎村(現・岡崎市)出身[3]。写真との出会いは中学2年生のとき。カメラを欲しがっていた姉に「買ってみては」と言われ、新聞配達のアルバイトで貯めたお金でカメラを買った。家業の建築業を継ぐために愛知県立岡崎工業高等学校土木科に入学[4]。高校生のときから写真雑誌に投稿する。

1962年、名城大学理工学部に入学。富士フイルムの全国学生コンクールで銀賞を受賞。1966年、愛知県庁に入庁。県庁では砂防課など土木畑に勤務した。しかし「まず開発ありき」の役所の水に肌が合わず、次第に環境や人権問題を写真で訴える「グラフジャーナリズム」の世界に心が惹かれるようになり、汚染された伊勢湾の撮影を続けた[4]。1971年、日本写真家協会に入会。

1972年に退職。同年、伊勢湾の写真「汚染海域」が総合雑誌『世界』の巻頭16ページのカラー特集で紹介される。1976年、現代写真研究所設立と同時に講師に就任。東京で活動を始める(新宿区在住)[5]

その後、「破壊された風景で保護を訴えても意味がない」と思い始め、1979年頃から35mmカメラによる風景写真の撮影に「転向」。また、重要無形民俗文化財である愛知県北設楽郡花祭の撮影に没頭[5]

1984年、キヤノンカレンダー『天地聲聞』を発表した頃から日本屈指の風景写真家として認められる。

1994年、クモ膜下出血で倒れるも生還[6]。2007年に脳内出血で倒れ右半身不随となるが、車椅子に乗って写真を撮り続ける[5][7]

2010年、日本写真芸術専門学校校長に就任。

2017年11月、カメラ、レンズ、付属品を合わせたコレクション約1,800点を名古屋学芸大学に寄贈する契約を同大学と結んだ。日本に1台しかない六桜社の手提げ暗箱や初期のライカコンタックス、トヨカ、ホビックス、メイスピーなど貴重な機種が数多く含まれる[8][9]

2018年12月、岡崎市美術館で個展を開催。それと同時に写真パネル1,760点を郷里の岡崎市に寄贈した[10]

日本写真家協会副会長。東京工芸大学講師。日本リアリズム写真集団(JRP)附属現代写真研究所講師。

主な写真展[編集]

  • 「汚染海域」(1972年、ニコンサロン)
  • 「花祭」(1984年、キヤノンギャラリー)
  • 「新・日本名瀑」(2011年11月30日~12月5日、東京都中央区、TEMPORARY CONTEMPORARY)
  • 「竹内敏信写真展~日本の原風景を求めて~」(2018年12月5日~12月23日、岡崎市美術館[11]

主な著作[編集]

  • 『海はいのち』 海の博物館、1975年。
  • 『花祭―奥三河の芸能と風土』 誠文堂新光社、1983年11月。
  • 『天地―写真集成・竹内敏信日本列島』 出版芸術社、2003年11月。
  • 『竹内敏信の熊野古道』 出版芸術社、2007年5月。
  • 『大欧羅巴 Grand Europe』 出版芸術社、2008年7月。
  • 『日本人の原風景 BEAUTIFUL JAPAN【英日対訳写真集】』 IBCパブリッシング、2014年6月24日。

脚注[編集]

  1. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.483
  2. ^ 学校概要 | 写真の専門学校 日本写真芸術専門学校
  3. ^ 宮崎学区 | 岡崎まちものがたり学区ページ | 岡崎市 市制100周年記念サイト
  4. ^ a b 今村太郎「若い人へ、私の20代 風景写真家 竹内敏信さん(58) 自然保護訴えフリーに」 『中日新聞』2001年11月18日付朝刊、西三河版、26面。
  5. ^ a b c 花まつりの館 お知らせ”. 東栄町役場. 2018年12月15日閲覧。
  6. ^ 西潟昭子のしゃみババ日記 2004年6月21日”. 西潟昭子 (2004年6月). 2018年12月15日閲覧。
  7. ^ 「21世紀日記」”. 写真家 竹内敏信 オフィシャルサイト. 2018年12月15日閲覧。
  8. ^ 鈴木泰彦「収集カメラ 生きた教材に 岡崎出身・竹内さん寄贈 曲折経て」 『中日新聞』2018年4月21日付朝刊、県内総合、21面。
  9. ^ 鈴木泰彦「わたしが編集長 (113) 幼い記憶 豊橋のカメラ」 『中日新聞』2018年5月20日付朝刊、西三河版、20面。
  10. ^ 細谷真里「写真家・竹内さん 故郷に作品寄贈 岡崎市美術館で展覧会 市が感謝状」 『中日新聞』2018年12月13日付朝刊、西三河版、16面。
  11. ^ 『市政だより おかざき』 No.1349 (PDF)”. 岡崎市役所 (2018年12月1日). 2018年12月8日閲覧。

参考資料[編集]

  • 「風景写真」特別編集『竹内敏信集』