第三十八号哨戒特務艇

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第三十八号哨戒特務艇
基本情報
建造所 三保造船所
運用者  大日本帝国海軍
艦種 特務艇(1944年11月5日)
漁船(1947年11月22日)
級名 第一号型哨戒特務艇
建造費 1,307,000円(予算成立時の価格)
艦歴
計画 マル戦計画
起工 1944年11月28日
1947年9月1日(漁船)
進水 1947年10月26日(漁船)
竣工 1947年12月10日(漁船)
最期 1945年8月17日船体工程71%で工事中止[注釈 1]
その後 小樽市の漁船となる
要目(計画時)
基準排水量 238トン
水線長 28.50m
水線幅 6.14m
吃水 2.35m
機関 400型中速ディーゼル1基、1軸
出力 400bhp
速力 9.0ノット
燃料 重油26トン
航続距離 8ノットで4,000カイリ
乗員 34名
兵装 25mm機銃 連装1基、単装2基
爆雷12個
搭載艇 短艇1隻
レーダー 13号電探1基
ソナー 三式水中探信儀1基
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第三十八号哨戒特務艇[注釈 2](だいさんじゅうはちごうしょうかいとくむてい)は、日本海軍の未成特務艇(哨戒特務艇)。第一号型哨戒特務艇の18番艇[注釈 3]太平洋戦争の終戦時未成で、戦後漁船として竣工した。

艇歴[編集]

マル戦計画の特務艇、第2121号艦型の38番艇、仮称艦名第2158号艦として計画。1944年11月5日、第三十八号哨戒特務艇と命名されて第一号型哨戒特務艇の15番艇に定められ、本籍を横須賀鎮守府と仮定。11月28日、株式会社三保造船所で起工。

終戦時未成。8月17日、工事中止が発令され船体工程71%で工事中止[注釈 1]

1947年2月1日、行動不能艦艇(特)に定められる。4月14日、船体の一時使用許可が出され中内某[注釈 4]に引渡し。9月1日、三保造船所で魚運搬船として着工。10月26日、進水。11月22日、連合軍から日本に対し、本船の漁船への改造許可が出された。12月6日、公試運転。12月10日竣工し、北海道へ回航された。

脚注[編集]

注釈
  1. ^ a b 進捗率は昭和22年2月1日付 二復総第49号による。福井静夫『昭和軍艦概史III』 p. 66では90%としているが、同ページには「ごく大体のもの」と注意書きが添えられている。
  2. ^ 本来の艇名表記は第三十八號哨戒特務艇。
  3. ^ 本艇が特務艇類別等級別表に登載された1944年11月5日時点で第27号哨戒特務艇第33号哨戒特務艇第34号哨戒特務艇が同表未登載のため、1944年11月5日時点で法令上は15番艇、これら3隻を含めると通算で18番艇となる。
  4. ^ 個人名のため姓のみ記す。第34号哨戒特務艇の受領者と同一人物である。
脚注

参考文献[編集]

  • 海軍省復員庁
    • 昭和19年11月5日付 達第363号、内令第1234号、内令第1236号。
    • 昭和22年2月1日付 復員庁第二復員局総務部 二復総第49号。
    • 昭和22年2月19日付 横須賀地方復員局管船部 横管修第753号。
    • 昭和22年12月10日付 大湊管船部 大湊管第212号。
  • 世界の艦船 No. 507 増刊第45集 『日本海軍護衛艦艇史』、海人社、1996年。
  • 福井静夫 『昭和軍艦概史III 終戦と帝国艦艇 -わが海軍の終焉と艦艇の帰趨-』、出版共同社、1961年。
  • 防衛研修所戦史室 戦史叢書 第88巻 『海軍軍戦備(2) -開戦以後-』、朝雲新聞社、1975年。
  • 丸スペシャル No. 49 日本海軍艦艇シリーズ 『駆潜艇・哨戒艇』、潮書房、1981年。