第六十三号駆潜艇

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第六十三号駆潜艇
公試運転準備中の第六十三号駆潜艇 (1944年6月、新潟沖)
公試運転準備中の第六十三号駆潜艇
(1944年6月、新潟沖)
基本情報
建造所 新潟鐵工所新潟工場
運用者  大日本帝国海軍
艦種 駆潜艇
級名 第六十号型駆潜艇[注釈 1]
建造費 2,918,000円[注釈 2]
艦歴
計画 改マル5計画
起工 1943年12月18日
進水 1944年5月10日
竣工 1944年6月30日
最期 1945年3月26日被雷沈没
除籍 1945年5月10日
要目(計画時)
基準排水量 420トン
全長 51.00m
水線長 49.0m
垂線間長 46.5m
最大幅 6.70m
吃水 2.63m
機関 艦本式23号乙8型ディーゼル2基
推進 2軸
出力 1,700bhp
速力 16.0ノット
燃料 重油16トン
航続距離 14ノットで2,000カイリ
乗員 竣工時定員73名
兵装 40口径8cm高角砲 単装1基
25mm機銃 単装3基
13mm機銃 連装1基
九四式爆雷投射機2基
爆雷36個
搭載艇 短艇1隻
レーダー 22号電探1基
ソナー 九三式水中聴音機1基
九三式水中探信儀1基
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第六十三号駆潜艇[注釈 3](だいろくじゅうさんごうくせんてい)は、日本海軍の駆潜艇。普遍的には第28号型の34番艇、あるいは第60号型の3番艇とされているが、法令上は第13号型の49番艇[注釈 4]

艇歴[編集]

改マル5計画の駆潜艇、第5341号艦型の4番艇、仮称艦名第5344号艦として計画。1943年12月18日、新潟鐵工所新潟工場で起工。

1944年1月25日、第六十三号駆潜艇と命名されて第十四号型駆潜艇の44番艇に定められ、本籍を佐世保鎮守府と仮定。

1944年5月10日進水。6月2日、艤装員事務所が新潟鐵工所新潟工場内で事務を開始。6月30竣工し、艤装員事務所を撤去。同日付で本籍を佐世保鎮守府に、役務を佐世保鎮守府警備駆潜艇にそれぞれ定められ、呉防備戦隊に編入。基礎術力練成教育に従事。

8月7日、第一南遣艦隊第十特別根拠地隊に編入[注釈 5]。8月15日、モタ23船団(10隻)[注釈 6]に同行し門司発。途中、鹿児島基隆で避泊し、22日高雄着。

9月5日、タマ25船団(11隻)を護衛し高雄発。12日、第三南遣艦隊が在マニラ船舶の退避勧告を出したため、14日船団はサンタクルスに避泊。本艇は高雄へ引き返し、18日にタマ26船団(10隻)[注釈 7]を護衛し高雄発。22日、タマ25B船団がサンフェルナンド付近でアメリカ艦上機の攻撃を受けて損害を出したため、本艇はタマ26船団から分派されてタマ25B船団と合同し、同船団をマニラまで護衛した。

10月4日、マミ11船団(4隻)をと護衛しマニラ発[注釈 8]。14日、ミリ着。19日にミリ発。23日、第十特別根拠地隊に編入されてから2ヵ月半を経てシンガポールに到着した。シンガポール到着後は整備補給を行い、28日サイゴンへ回航。以後、シンガポール、ペナンポートブレアで行動。

1945年2月1日から6日まで、第百一海軍工作部で入渠し修理を行う。9日、ヒ88F船団の護衛に協力することとなりシンガポール発。同船団をサンジャックまで護衛し、15日にシンガポールへ帰着。

3月26日、船団護衛中に小アンダマン島沖でイギリス艦隊と遭遇し、イギリス駆逐艦 HMS Virago R75ほかと交戦して被雷沈没した。5月10日、第六十三号駆潜艇は第十四号型駆潜艇から削除され、帝国駆潜艇籍から除かれた。

駆潜艇長[編集]

艤装員長
  1. 奥田孝 大尉:1944年6月10日 - 1944年6月30日
駆潜艇長
  1. 奥田孝 大尉/少佐:1944年6月30日 - 1945年3月26日 戦死、同日付任海軍中佐

脚注[編集]

注釈
  1. ^ 法令上は第十三号型(第十四号型)。
  2. ^ 価格は第81回帝国議会で成立したもので、基本計画番号K8Cの価格ではない。
  3. ^ 本来の艇名表記は第六十三號驅潛艇。
  4. ^ 本艇が艦艇類別等級別表に登載された1944年1月25日時点で第13号駆潜艇、第25号駆潜艇、第27号駆潜艇の3隻が除籍済み、第56号駆潜艇と第57号駆潜艇の2隻が艦艇類別等級別表未登載のため、1944年1月25日時点で法令上は第十四号型の44番艇である。これら5隻を含めた場合、本艇は第十三号型の通算49番艇となる。
  5. ^ 戦史叢書『大本営海軍部・聯合艦隊(6)』付表第二による。呉防備戦隊戦時日誌(昭和19年8月1日-31日)では「七日 CD六三 10ABGヘ編入(CDは海防艦を表す略号、ABGは特別根拠地隊を表す略号)」とあるが、第63号海防艦の竣工日は1944年10月15日。
  6. ^ 隻数は第一海上護衛隊戦時日誌(昭和19年8月1日-31日)による。駒宮『戦時輸送船団史』p. 230では15隻としている。
  7. ^ 隻数は第一海上護衛隊戦時日誌(昭和19年9月1日-30日)による。駒宮『戦時輸送船団史』p. 259では9隻としている。
  8. ^ 第一海上護衛隊戦時日誌(昭和19年10月1日-31日)による。駒宮『戦時輸送船団史』p. 273では第63号海防艦とあるが、第63号海防艦の竣工日は1944年10月15日。
脚注

参考文献[編集]

  • 海軍省
    • 昭和15年11月15日付 内令第841号。
    • 昭和19年1月25日付 達第17号、内令第200号、内令第204号、内令第211号。
    • 昭和19年6月30日付 内令第799号、内令員第1130号、内令員第1131号。
    • 昭和20年5月10日付 内令第400号、内令第411号、内令員第946号、内令員第947号。
    • 呉防備戦隊戦時日誌。
    • 第十特別根拠地隊戦時日誌。
    • 第一海上護衛隊戦時日誌。
    • 第一護衛艦隊戦時日誌。
    • 昭和19年6月10日付 海軍辞令公報(部内限)第1511号。
    • 昭和19年7月7日付 海軍辞令公報 甲(部内限)第1528号。
    • 昭和20年11月12日付 海軍辞令公報 甲 第1979号。
    • 昭和19年6月7日付 海軍公報(部内限)第4708号。
    • 昭和19年7月13日付 海軍公報(部内限)第4738号。
  • 駒宮真七郎『戦時輸送船団史』、出版共同社、1987年、ISBN 4-87970-047-9
  • 世界の艦船 No. 507 増刊第45集 『日本海軍護衛艦艇史』、海人社、1996年。
  • 福井静夫 『写真 日本海軍全艦艇史』、ベストセラーズ、1994年。ISBN 4-584-17054-1
  • 防衛研修所戦史室 戦史叢書、第46巻 『大本営海軍部・聯合艦隊(6) -第三段作戦後期-』、朝雲新聞社、1971年。
  • 防衛研修所戦史室 戦史叢書、第88巻 『海軍軍戦備(2) -開戦以後-』、朝雲新聞社、1975年。
  • 丸スペシャル No. 49 日本海軍艦艇シリーズ 『駆潜艇・哨戒艇』、潮書房、1981年。
  • 明治百年史叢書 第207巻 『昭和造船史 第1巻(戦前・戦時編)』、原書房、1977年。