第百八十一号哨戒特務艇

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第百八十一号哨戒特務艇
基本情報
建造所 自念造船鉄工所
運用者  大日本帝国海軍
艦種 特務艇
級名 第一号型哨戒特務艇
建造費 1,350,000円(予算成立時の価格)
艦歴
計画 マル戦計画
進水 1945年1月5日
最期 1945年8月17日船体工程40%で工事中止[注釈 1]
要目(哨戒特務艇・計画時)
基準排水量 238トン
水線長 28.50m
水線幅 6.14m
吃水 2.35m
機関 400型中速ディーゼル1基、1軸
出力 400bhp
速力 9.0ノット
燃料 重油26トン
航続距離 8ノットで4,000カイリ
乗員 34名
兵装 25mm機銃 連装1基、単装2基
12センチ噴進砲2門
爆雷12個、魚雷落射機2基
搭載艇 短艇1隻
レーダー 13号電探1基
ソナー 三式水中探信儀三型1基
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第百八十一号哨戒特務艇[注釈 2](だいひゃくはちじゅういちごうしょうかいとくむてい)は、日本海軍の未成特務艇(哨戒特務艇)。第一号型哨戒特務艇の74番艇[注釈 3]

艇歴[編集]

マル戦計画の特務艇、第2121号艦型の181番艇、仮称艦名第2301号艦として計画。1944年11月5日、第百八十一号哨戒特務艇と命名されて第一号型哨戒特務艇の68番艇に定められ、本籍を佐世保鎮守府と仮定。1945年1月5日、株式会社自念造船鉄工所で起工。

終戦時未成。8月17日、工事中止が発令され船体工程40%[注釈 1]で工事中止。戦後は自念造船鉄工所で放置された。

1947年2月1日、行動不能艦艇(特)に定められる。その後の消息は詳らかではない。

脚注[編集]

注釈
  1. ^ a b 進捗率は昭和22年2月1日付 二復総第49号による。福井静夫『昭和軍艦概史III』 p. 66では80%としているが、同ページには「ごく大体のもの」と注意書きが添えられている。
  2. ^ 本来の艇名表記は第百八十一十號哨戒特務艇。
  3. ^ 本艇が特務艇類別等級別表に登載された1944年11月5日時点で、第27号哨戒特務艇第33号哨戒特務艇第34号哨戒特務艇第156号哨戒特務艇第176号哨戒特務艇第177号哨戒特務艇が同表未登載のため、1944年11月5日時点で法令上は68番艇、これら6隻を含めると通算で74番艇となる。
脚注

参考文献[編集]

  • 海軍省復員庁
    • 昭和19年11月5日付 達第363号、内令第1234号、内令第1236号。
    • 昭和22年2月1日付 復員庁第二復員局総務部 二復総第49号。
  • 世界の艦船 No. 507 増刊第45集 『日本海軍護衛艦艇史』、海人社、1996年。
  • 福井静夫 『昭和軍艦概史III 終戦と帝国艦艇 -わが海軍の終焉と艦艇の帰趨-』、出版共同社、1961年。
  • 防衛研修所戦史室 戦史叢書 第88巻 『海軍軍戦備(2) -開戦以後-』、朝雲新聞社、1975年。
  • 丸スペシャル No. 49 日本海軍艦艇シリーズ 『駆潜艇・哨戒艇』、潮書房、1981年。