第32回スーパーボウル

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第32回スーパーボウル
Super Bowl XXXII
1 2 3 4

GB 7 7 3 7

24
DEN 7 10 7 7

31
開催日 1998年1月25日
スタジアム クアルコム・スタジアム
開催地 カリフォルニア州サンディエゴ
MVP テレル・デービス, ブロンコス
優勝予想 Packers by 11
国歌斉唱 ジュエル
コイントス ジョー・ギブス、ダグ・ウィリアムス、エディ・ロビンソン
ハーフタイム ボーイズIIメン
スモーキー・ロビンソン
テンプテーションズ
フォー・トップス
入場者数 68,912
アメリカにおけるテレビ放送
ネットワーク NBC
実況と解説 ディック・エンバーグ、フィル・シムズ、ポール・マグワイア
視聴率 44.5 (全米)
占有率 67 (全米)
CM広告料
(30秒)
130万ドル
 < 第31回 スーパーボウル 第33回 > 

第32回スーパーボウル(だい32かいスーパーボウル、Super Bowl XXXII)は1998年1月25日カリフォルニア州サンディエゴクアルコム・スタジアムで行われた32回目のスーパーボウルAFCチャンピオンであるデンバー・ブロンコスNFCチャンピオンであるグリーンベイ・パッカーズの対戦。ブロンコスがパッカーズを31-24で破って、5度目の出場でチーム創設以来初めてのスーパーボウル制覇を果たした。MVPはブロンコスのランニングバックであるテレル・デービスが受賞した。ブロンコスの勝利で第19回スーパーボウルから続いていたスーパーボウルでのNFCチームの連勝は、13連勝で止まった[1]。ワイルドカードからプレーオフを勝ち上がったチームがスーパーボウルを制覇したのは2度目のことであった[1]。また、ブロンコスのQBエルウェイQBの当たり年として知られた83年ドラフトの1巡目指名のQB(83年組)であり、83年組が10回目の挑戦で初めてスーパーボウルに勝利したことが話題となった。

テレビ中継はNBCが担当した。

背景[編集]

1993年10月26日にシカゴで行われたオーナー会議でサンディエゴでの開催が決まった。サンディエゴで開催される大会は第22回スーパーボウル以来10年ぶり2度目のことであった。

グリーンベイ・パッカーズ[編集]

パッカーズは、13勝3敗の成績でNFC中地区優勝、2年連続スーパーボウル出場を果たした。オフェンスは得点でリーグ2位、獲得ヤードでリーグ4位、ディフェンスは失点でリーグ5位、喪失ヤードで7位の成績を残した。

ブレット・ファーヴはパス513回中304回成功、3,867ヤードを獲得、35タッチダウン、16インターセプト、ランでもチーム2位の187ヤードを走り、史上初の3回目のMVPに選ばれた選手となった(この年はデトロイト・ライオンズバリー・サンダースとともに同時表彰。)。WRアントニオ・フリーマンがチームトップの81回のレシーブで1,243ヤードを獲得、12タッチダウンをあげた。WRロバート・ブルックスがディープスリートとして60回のレシーブで1,010ヤードを獲得、7タッチダウンをあげた。TEマーク・チュムラは38回のレシーブで417ヤードを獲得、6タッチダウン、プロボウルに選ばれた。RBドーシー・レーベンスは1,435ヤードを走り7タッチダウン、53回のレシーブで373ヤードを獲得、プロボウルに選ばれた。FBウィリアム・ヘンダーソンは113ヤードを走るとともに、41回のレシーブで367ヤード、1タッチダウンをあげた。スペシャルチームではビル・シュローダーが33回のパントリターンで342ヤード、24回のキックオフリターンで562ヤードを獲得した。

ディフェンスラインではベテランのレジー・ホワイトがチームトップの11サックをあげた。ラインバッカーでは、サンタナ・ドットソンが37タックル、5.5サックをあげた。ディフェンスバックでは、リロイ・バトラーがチームトップの5インターセプトに加えて70タックルをあげた。Sユージン・ロビンソンはチームトップの74タックルに加えて2.5サック、2ファンブルリカバー、1インターセプトを記録した。CBマイク・プライアーが4インターセプト、新人のダレン・シャーパーは2インターセプトし、いずれもリターンタッチダウンをあげた。

デンバー・ブロンコス[編集]

ブロンコスは、第12回スーパーボウル第21回スーパーボウル第22回スーパーボウル第24回スーパーボウルとこれまでスーパーボウルに4回出場したがいずれも敗れた。しかも彼らは大差で敗れており、4試合の得失点は、50得点に対して163失点であった。過去3回のスーパーボウルの先発QBはジョン・エルウェイで彼は4年間で3回AFCチャンピオンシップゲームで勝利、スーパーボウルに出場した。彼は1991年にもAFCチャンピオンシップゲームにチームを導いたが、バッファロー・ビルズに7-10で敗れ第26回スーパーボウル出場は果たせなかった。

1995年、マイク・シャナハンがヘッドコーチに就任した。シャナハンは、ダン・リーブスの下で攻撃コーディネーターを務めていたが1991年に解雇され、1992年から1994年まではサンフランシスコ・フォーティナイナーズの攻撃コーディネーターとして第29回スーパーボウル優勝を味わった。彼の在任中、ナイナーズのオフェンスは毎年獲得ヤードでリーグ1位であった。1995年のドラフト6巡でテレル・デービスを獲得、彼はチームのラン攻撃再建のキーパーソンとなった。彼は1年目に1,117ヤードを獲得、この年チームは8勝8敗であった。

1996年、オフェンスはリーグトップの5,791ヤードを獲得、AFCトップの13勝3敗の成績をあげたが、プレーオフでチーム創設2年目のジャクソンビル・ジャガーズに27-30で敗れた。

1997年もオフェンスはリーグトップの5,872ヤードを獲得、リーグトップの472得点をあげた。12勝4敗で13勝3敗をあげたカンザスシティ・チーフスに次いでAFC西地区2位でシーズンを終えた。

テレル・デービスは、1,750ヤードを走り、15タッチダウン、42回のレシーブで287ヤードを獲得した。37歳のエルウェイは、3,635ヤードを獲得、27タッチダウン、11インターセプトの成績でプロボウルに選ばれた。TEシャノン・シャープが72回のレシーブで1,107ヤード、ドラフト外入団で過去2年間に22回のレシーブ、389ヤード、3タッチダウンであったWRロッド・スミスが70回のレシーブで1,180ヤード、12タッチダウンと活躍した。1994年にシャナハンの下でナイナースでプレーしたWRエド・マカフリーが45回のレシーブで590ヤード、8タッチダウンをあげた。オフェンスラインには、7度目のプロボウルに選ばれたLTゲイリー・ジマーマン、Cトム・ネイレンもプロボウルに選ばれた。

ディフェンスラインには、元カンザスシティ・チーフスのニール・スミスが28タックル、6.5サックをあげた。DEアルフレッド・ウィリアムズも36タックル、8.5サック、ラインバッカーには、55タックル、2サックをあげたビル・ロマノウスキー、4サック及びチームトップの97タックルをあげたジョン・モブリー、ディフェンスバックにはチームトップの4インターセプトをあげたタイロン・ブラックストン、53タックル、1サック、2ファンブルフォース、2インターセプトをあげたスティーブ・アトウォーター、50タックル、2サック、4ファンブルリカバー、4インターセプトをあげたダリエン・ゴードンの存在があった。

プレーオフ[編集]

ブロンコスは、ジャクソンビル・ジャガーズに42-17、カンザスシティ・チーフスに14-10、ピッツバーグ・スティーラーズに24-21で勝利し、スーパーボウル出場を決めた。

パッカーズは、タンパベイ・バッカニアーズに21-7、サンフランシスコ・フォーティナイナーズに23-10で勝利し、スーパーボウル出場を決めた。

試合前の話題[編集]

前年の第31回スーパーボウルニューイングランド・ペイトリオッツを35-21で破ったディフェンディングチャンピオンのパッカーズが13勝3敗、プレーオフでも楽勝していたことから、12勝4敗でプレーオフでも接戦を演じたブロンコスより11.5点有利と予想された。

各選手はスーパーボウルのロゴが縫い付けられたユニフォームでプレーした。ロゴ入りのユニフォームで選手がプレーしたのは第25回スーパーボウルに続いて2度目のことであった。

放送とエンターテインメント[編集]

NBCが全米中継を行い、実況をディック・エンバーグ、解説をフィル・シムズ、ポール・マグワイアが担当した。

日本ではNHK-BSの他に、日本テレビが4年ぶりに中継を行った[2]

ハーフタイムショーには、ボーイズIIメンスモーキー・ロビンソンテンプテーションズフォー・トップスが出演した。

試合経過[編集]

ファーヴからフリーマンへの13ヤードのタッチダウンパスでパッカーズが7-0と先制した。ブロンコスはデービスのタッチダウンで7-7の同点に追いついた[1]

その後、ファーヴがロバート・ブルックスを狙ったパスをブラックストンがインターセプト、敵陣45ヤード地点からの攻撃権を得た。エルウェイの1ヤードのタッチダウンランで14-7とリード、さらにパッカーズの攻撃でアトウォーターがブリッツし、ファーヴがボールをファンブル、ニール・スミスがボールを敵陣33ヤード地点でリカバーした。ジェイソン・イーラムが51ヤードのFGを決めて第2Q残り12分21秒、ブロンコスは17-7とリードを広げた。前半残り12秒にチュムラが6ヤードのタッチダウンレシーブをあげた。後半最初のドライブでブロンコスはテレル・デービスがファンブル、第3Q残り11分59秒にライアン・ロングウェルの27ヤードのFGが成功、パッカーズが17-17の同点に追いついた。デービスの2回目のタッチダウンでブロンコスは24-17とリードした。第4Q初めにファーヴがフリーマンへの13ヤードのタッチダウンパスを通して24-24の同点となった[1]。ブロンコスは、FBハワード・グリフィスへの23ヤードのパス、パッカーズの2度の反則で25ヤードを前進、第4Q残り1分45秒にデービスがあげた1ヤードのTDランが決勝点となった[1]。パッカーズの最後の攻撃では第4ダウンにファーヴが投げたパスをモブリーがたたき落として試合は終わった[1]

テレル・デービスは、偏頭痛に悩まされながら30回のランで157ヤードを走り[3]スーパーボウル史上初めて3タッチダウンランをあげた[1]。ブロンコスディフェンスは、ブリッツを多用し、ファーヴから3回ターンオーバーでボールを奪った[1]。エルウェイは、パス22回中12回成功、123ヤード、タッチダウンなし、WRへのパスはマカフリーへの2回のみであった。

ファーヴは、パス42回中25回成功、3タッチダウン、1インターセプトであったがブロンコスディフェンスの落球でインターセプトとならなかったプレーが少なくとも3回はあった[1]

スターティングラインアップ[編集]

グリーンベイ・パッカーズ ポジション デンバー・ブロンコス
オフェンス
ロバート・ブルックス
Robert Brooks
WR エド・マカフリー
Ed McCaffrey
ロス ヴァーバ
Ross Verba
LT ゲイリー・ジマーマン
Gary Zimmerman
アーロン・テイラー
Aaron Taylor
LG マーク・シュレーレス
Mark Schlereth
フランク・ウィンタース
Frank Winters
C トム・ネイレン
Tom Nalen
アダム・ティマーマン
Adam Timmerman
RG ブライアン・ハビブ
Brian Habib
アール・ドットソン
Earl Dotson
RT トニー・ジョーンズ
Tony Jones
マーク・チュムラ
Mark Chmura
TE シャノン・シャープ
Shannon Sharpe
アントニオ・フリーマン
Antonio Freeman
WR ロッド・スミス
Rod Smith
ブレット・ファーヴ
Brett Favre
QB ジョン・エルウェイ
John Elway
ドーシー・レーベンス
Dorsey Levens
RB テレル・デービス
Terrell Davis
ウィリアム・ヘンダーソン
William Henderson
FB ハワード・グリフィス
Howard Griffith
ディフェンス
レジー・ホワイト
Reggie White
LE ニール・スミス
Neil Smith
ギルバート・ブラウン
Gilbert Brown
LDT キース・トレイラー
Keith Traylor
サンタナ・ドットソン
Santana Dotson
RDT マア・タヌバサ
Maa Tanuvasa
ゲイブ・ウィルキンス
Gabe Wilkins
RE アルフレッド・ウィリアムズ
Alfred Williams
セス・ジョイナー
Seth Joyner
LOLB ジョン・モブリー
John Mobley
ベルナルド・ハリス
Bernardo Harris
MLB アレン・オルドリッジ
Allen Aldridge
ブライアン・ウィリアムズ
Brian Williams
ROLB ビル・ロマノウスキー
Bill Romanowski
ダグ・エバンズ
Doug Evans
LCB レイ・クロケット
Ray Crockett
タイロン・ウィリアムズ
Tyrone Williams
RCB ダリエン・ゴードン
Darrien Gordon
リロイ・バトラー
LeRoy Butler
SS タイロン・ブラクストン
Tyrone Braxton
ユージン・ロビンソン
Eugene Robinson
FS スティーブ・アトウォーター
Steve Atwater
スペシャルチーム
ライアン・ロングウェル
Ryan Longwell
K ジェイソン・イーラム
Jason Elam
クレイグ・ヘントリッチ
Craig Hentrich
P トム・ルーエン
Tom Rouen
ヘッドコーチ
マイク・ホルムグレン
Mike Holmgren
マイク・シャナハン
Mike Shanahan

トーナメント表[編集]

                                   
12月28日
フーリハンズ・スタジアム
  1月4日
ランボー・フィールド
         
 5  ライオンズ  10
 4  バッカニアーズ  7
 4  バッカニアーズ  20     1月11日
3Comパーク
 2  パッカーズ  21  
NFC
12月27日
ジャイアンツ・スタジアム
 2  パッカーズ  23
1月3日
3Comパーク
   1  49ers  10  
 6  バイキングス  23 NFC チャンピオンシップ
 6  バイキングス  22
 3  ジャイアンツ  22   1月25日
クアルコム・スタジアム
 1  49ers  38  
ワイルドカード・プレーオフ  
ディビジョナル・プレーオフ
12月27日
マイルハイ・スタジアム
 N2  パッカーズ  24
1月4日
アローヘッド・スタジアム
   A4  ブロンコス  31
 5  ジャガーズ  17 第32回スーパーボウル
 4  ブロンコス  14
 4  ブロンコス  42     1月11日
スリー・リバース・スタジアム
 1  チーフス  10  
AFC
12月28日
フォックスボロ・スタジアム
 4  ブロンコス  24
1月3日
スリー・リバース・スタジアム
   2  スティーラーズ  21  
 6  ドルフィンズ  3 AFC チャンピオンシップ
 3  ペイトリオッツ  6
 3  ペイトリオッツ  17  
 2  スティーラーズ  7  
  • 対戦カード及びスタジアムはシード順で決定され、そのラウンドに登場する最上位チームが最下位チームとホームで対戦、残った2チームが上位チームのホームで対戦する(つまり、ワイルドカードプレーオフの第3シード対第6シードの結果によって、ディヴィジョナルプレーオフの対戦カードが決まる)。
  • スーパーボウル開催地は事前にオーナー会議で決定。
  • チーム名の左の数字は、1997年レギュラーシーズンの結果に基づいて決定されたシード順。
  • * 延長戦決着
  • 日付はアメリカ東部時間

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f g h i Justice (1998年1月26日). “Elway, AFC Finally Have Super Moment”. ワシントン・ポスト. 2020年6月24日閲覧。
  2. ^ 増田隆生氏に聞く! 日本テレビ スーパーボウル中継史”. NFL JAPAN (2011年1月). 2015年2月14日閲覧。
  3. ^ Aaron Tallent (2020年2月4日). “50 Greatest Super Bowl Performances of All Time”. ATHLON SPORTS. 2020年6月24日閲覧。